保険法改正前の裁判で示された「生命保険の買取」の問題点とは
前述した保険法改正前の2005年の裁判、すなわち、生命保険契約者の名義変更を求めた民事訴訟の判決(東京高裁平成17年(ネ)第5613号 保険契約者名義変更承認請求控訴事件:最高裁平成18年3月22日不受理決定)では、保険契約者の名義変更は認められないという生命保険会社の主張が通り、患者側が敗訴しました。
なぜ敗訴してしまったのか。判決文に付された理由は以下の通りです。
1つが、「詐欺的取引や暴力団の資金源とされるリスクがある」というもので、そのことにより「不正の危険が増大し、社会一般の生命保険制度に対する信頼が損なわれる」とされました。ただし、これは、その後の保険法改正により、詐欺や暴力団の関与は保険契約を解除する重大な事由になると規定され(保険法第57条)、現在ではクリアされています。
2つめが、「譲渡の対価の合理性を判定する客観的基準がないため投資家による買い叩きに遭う危険性がある」というものでした。売却を考えている保険契約者の多くが重い病気をもつ人であり、交渉能力において投資家側と大きな差があることも問題です。イギリス、アメリカでは、一定の資格をもつ投資家のみが入札できる仕組みにして、このようなリスクを排除しています。
3つめが、「日本には生命保険の買取を規制する法令がない」というものでした。売主、買主ともに最も関心度が高い問題ですが、規制を設けるとしたら非常に多岐にわたることが予想されます。たとえば、監督や管理の内容、買取額の妥当性の評価、買取り会社(投資家)の義務、保険会社の義務、代理人の義務、売主側が負うリスクの説明義務などです。しかし、大方のリスクは、売主側の家族全員が契約にかかわり確認することで解消することができます。
4つめが、米国においても生命保険の買取は不評であるというものでした。これは生命保険会社側が主張したことをそのまま裁判所が理由として採用したものですが、実態はまったく異なります。全米保険監督官協会(NAIC : National Association of Insurance Commissioners)は、介護サービス資金を形成するための選択肢の一つとして生命保険の買取を推奨しています。
保険金請求権は「資産」として取引の対象となりうる
上記裁判は患者側敗訴という結果でしたが、その後に行われた2010年の保険法改正に大きな足跡を残しました。「保険金請求権の譲渡」が条文化されたのです。
生命保険契約において保険金受取人(保険契約者)は、保険会社に対して保険金請求権をもつ債権者です。債権は一定の条件の下で第三者に譲渡することができます(民法466条)。つまり民法上はこれを譲渡できます。
2010年に改正された保険法47条において、保険事故の発生前にも保険金請求権は抽象的に存在し、債権であることを前提として「被保険者の同意」のもとに譲渡できると規定されました。すなわち、保険金受取人(保険契約者)は債権者として保険金請求権を投資家に譲渡することができ、買い取った投資家が新たに債権者として保険会社に対する保険請求権を獲得するということです。
たとえば、生命保険信託の場合は保険金請求権を信託財産として受託者に譲渡することがありますが、これは信託譲渡と呼ばれ、保険会社や信託銀行、民事信託の分野で多数利用されています。
生命保険契約の保険金請求権を譲渡できるかどうかという議論は、日本でも1970年代からありました。反対を唱える意見の多くが「人の生死にかかわるものを債権として扱うことに違和感を覚える」というものでした。しかし、債権として譲渡できることが条文化されたことで、生命保険を資産の一つとして新しくとらえ直す機会になりました。
日本では、世帯ごとの生命保険加入割合が約9割にも達し、富裕層から経済的弱者まで広く浸透しています。ソーシャルワークの世界では、生命保険を解約せざるを得ないような状況に陥った人がなけなしの解約返戻金を受け取って次に頼るのが生活保護、などという実態も報告されています。解約や失効を考える前に、保険請求権の買取という選択肢もあることを知っておいてほしいと思います。