「余命の限られたHIV患者」に救済を…1980年代末期のアメリカで「生命保険の買取」ビジネスが始まったきっかけ

「余命の限られたHIV患者」に救済を…1980年代末期のアメリカで「生命保険の買取」ビジネスが始まったきっかけ
(※画像はイメージです/PIXTA)

突然の病気やケガ等で働けなくなり治療費や生活費に困窮したとき、有効な手段の一つが、加入中の「生命保険」を売却してまとまったお金を得ることができる「生命保険の買取」です。イギリス・アメリカでは生活が困窮したときのセーフティネットの一つとして根付いており、わが国でも最近、注目され始めています。しかし、イギリス・アメリカにおいてでさえ、普及に至るまでには様々な問題が克服されなければなりませんでした。

「生命保険の買取」誕生当初は英米でも逆風が

近代生命保険は今から約260年前、イギリスで誕生しましたが、その後100年ほどの間は人間の生命にお金を掛けることへの社会的宗教的な抵抗が続き、なかなか受け入れられませんでした。

 

「生命保険の買取」も誕生当初、同じように逆風を浴びました。人命を投機の対象にするとは倫理にもとる、という考えは社会に根強く、また生命保険業界内では保険会社の利益を損なうものとして捉えられていたのです。

 

生命保険の買取の起源は、イギリスで1844年から取引が始まったTEP(traded endowment policy)事業までさかのぼることができます。けれども、患者救済策としての生命保険の買取が脚光を浴びるのは、1980年代後半(アメリカ)まで待たなければなりませんでした。

余命の限られたエイズ患者のために「生命保険の買取」の会社が設立

現在の生命保険の買取ビジネスの原形は、1989年4月に全米で初めて設立された生命保険契約の買取会社「Living Benefits」にみることができます。

 

会社設立のきっかけは、創業者のRob T. Worley Jr.がある日、ラジオのトークショーで聞いた、余命6か月と告知されたエイズ患者の話でした。その患者は、「死ぬまでにしたいことや見ておきたい場所がある」と、加入済みの10万ドルの生命保険を返上する代わりに5万ドルの支払いを求めました。生命保険会社にとっては5万ドル分セーブできると交渉しましたが、保険会社からは断られました。地域の銀行でも、人命に投機することは連邦銀行法に違反するとして拒否されました。

 

Rob T. Worley Jr.はいくつかの保険会社に確認したところ、同じような申し出が1週間に4件ほどあると知りました。そこで、なんとか彼らを救済できないかと考え、著名な法律事務所に相談しました。その法律事務所は1年半に及ぶ調査検討の結果、末期患者の保険契約を買い取る会社を設立することは可能だとの結論を出しました。

 

Rob T. Worley Jr.が設立した会社に照会のあった患者の90%がエイズ患者、残り10%ががん患者であったといわれています。当時の報道には、こうして設立されたLiving Benefitsは2か月余りで計850万ドルを支出して71件の保険契約を買い取り、さらに69件の買取希望を抱えているとあります。

どんな疾患にも適用されるリビング・ニーズ特約の登場

「生命保険の買取」がHIV患者のために開始されたのは、1990年の生命保険の「リビング・ニーズ特約」の拡充とほぼ時を同じくしています。

 

1990年当時はまだ、HIVに感染した場合、エイズの発症を止める治療法も、エイズ発症後の治療法もなく、エイズと診断されたら後はただ死を待つばかりという状況でした。

 

もちろん、生命保険会社も、エイズ患者からの一時金支払い要求が急増するのに対し、手をこまねいていたわけではありません。

 

それまでにも余命24か月以内あるいは重度の障害を負った際に一時金を支払う早期給付特約(Accelerated Benefits Riders)はありましたが、給付対象になる疾患にエイズは含まれていませんでした。そこへ1990年、疾病の種類を問わず、医師の余命診断をもって一時金を支払うリビング・ニーズ特約を最初に発売したのが、プルデンシャル保険会社でした。

 

今では、アメリカの多くの保険会社が、リビング・ニーズ特約において余命12ヵ月と診断された場合に一時金を支払うこととしています(日本は6ヵ月)。

次ページ「生命保険の買取」を認める法的根拠となった1911年の連邦最高裁判決

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