企業間の健康格差…産業保健に関する法律とは
私が産業医として活動していて日々感じるのは、健康経営に熱心な大手企業とそうではない小規模事業所との意識の違い、つまり健康格差です。
この格差の原因の一つにあるのが産業保健にまつわる法律です。
現在の日本では労働安全衛生法により常時50人以上の従業員がいる事業場は、産業医を選任することが義務付けられています。会社が産業医と契約をして組織として従業員の健康管理をするようにと定められているわけです。
従業員数が1000人を超えると企業に勤務する専属産業医をおく義務が生じます(有害物質を取り扱う職場では500人以上)。このような大手企業には産業医や産業保健師、産業看護師、心理士などの専門職と、企業内の安全・衛生の担当者などからなる産業保健チームがあり、定期的に集まって職場の健康・安全上の課題を話し合い、従業員の健康保持・増進のためにさまざまな取り組みをしています。
従業員数50人以上の職場では、次のようなことをしないと法律違反になります。違反がわかったときは労働安全衛生法第120条にのっとり、50万円以下の罰金という罰則規定もあります。
・衛生管理者(職場内の産業保健の担当者)の選任
・衛生委員会の設置(職場の安全衛生に関する話し合いの機会をもうける)
・定期健康診断の実施と結果提出(定期健康診断の結果を労働基準監督署に提出)
・ストレスチェックの実施と報告(高ストレス者には、医師が面接指導
これに対して従業員50人未満の職場にはこのような義務はありません。
50人未満の職場は「労働者の健康管理などを行うのに必要な医学に関する知識を有する医師などに、労働者の健康管理などの全部または一部を行わせるように努めなければならない」(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)となっており、いわゆる努力義務にとどまっています。
そのために小規模事業所の従業員の健康管理・健康増進はそれぞれの職場まかせ・労働者まかせになっています。50人未満の小規模事業所の経営者には、従業員の健康づくりや健康経営は「お金と人手に余裕のある会社がするもの」「自分たちには関係がない」――そんな感覚の経営者たちも少なくないのが現実です。
小さな企業ほど健康経営は重要
確かに大手企業と中小企業・零細企業では、資金力も人材の幅もまったく異なるのは事実です。しかしながら大手企業に勤務する人だけが健康に働くことができ、それ以外の人は不健康になってもしかたないというのはおかしな話です。基本的な人権に反しますし、日本社会全体にとっても決して良いことではありません。
平成26年経済センサス‐基礎調査によると日本の企業を企業数でみた場合、大企業はわずか0.3%に過ぎません。全体の99.7%を中小企業が占めています。
従業員数では大企業に勤める人は約3割で残る約7割が中小企業に勤務しています。中小企業という枠には従業員が50人を超える中規模事業者も含まれますから、それを除いたとしても従業員50人未満の職場に勤める人はざっと日本の労働者全体の半分くらいと見積もることができます。従業員の健康管理の義務を50人で区切るということは、日本の労働者の半分は必要な健康管理が行われないまま放置されるということです。
さらにいえば、そもそも小さな会社こそ働く人の健康管理の重要度は高いはずです。小さな会社は大企業に比べて、一人ひとりが受けもつ業務の範囲が幅広くなります。一人が病気やメンタル不調で抜けてしまうだけで同僚はもちろん周りの部署まで負担が及ぶことも多々あります。従業員が個々に担っている役割が大きいほど、代わりの人材をみつけるのも容易ではありません。また、事業規模が小さいと新規採用にもそれほど費用を掛けられませんし募集をかけてもそもそも応募者が集まらない、そういう職場も少なくないはずです。
こうした点からも小さな会社ほど従業員と一人ひとりが心身ともに健康な状態で気持ちよく働き続けられることが大切です。
富田 崇由
セイルズ産業医事務所