いまの日本の「学校の標準」からはみ出しても大丈夫
子どもが学校生活にうまく適応できなかったり、学校に通えなくなったりすれば、本人も親も不安になるでしょう。学校の先生も心配になると思います。しかし、私はいまの日本の「学校の標準」からはみ出しても、基本的には大丈夫だと思っています。
社会参加にはさまざまなやり方があります。なんらかの事情で一般の学校に通えなくなっても、例えば、通信制の学校で学ぶこと、フリースクールに通うことなども選べますし、家庭で学習するホームスクールの形式をとることもできます。海外では、ホームスクールはけっして珍しいことではありません。「一般の学校に毎日通うこと」だけが、世界の標準というわけではないのです。ですから「学校の標準」にこだわる必要はありません。標準に合わせようとするよりも、別のルートを選んだほうが学びやすくなる場合もあります。そういうルートを選ぶのも一つの方法です。
例えば、私は中学から私立の学校に行って、高校・大学を卒業しました。それも一つの選択です。公立の中学に通っていたら、私はうまくいかなかったと思います。私が通った私立の学校には、校則などのローカルルールがほとんどなく、自由に過ごせる環境がありました。そこでのびのびと学ぶことができました。公立の学校であればルールが細かくて、私はその「標準」に入ることに汲々として、苦しんでいたと思います。
でも「学校の標準」をゆるめることも必要
学校の「標準」からはみ出して苦しんでいる子がいたら、親御さんや学校の先生から「無理に合わせなくても大丈夫」ということを伝えてほしいと思います。何もかもを標準的にこなせなくても、社会に出てやっていけるということを、いろいろな例をまじえて、お子さんに話してください。
しかしもう一方で、学校の「標準」をもっとおおらかなものにしていくことも必要だと感じます。「標準」に運良く適応できる子は、それほど困らずに学校生活を送ることができますが、そうすることができない子も大勢います。日頃、児童精神科で診察をしていると、適応できない子どもが増えているようにも感じます。悩んでいる子に学校とは別のルートを紹介することもありますが、学校というのは本来、そのように適応できる子・できない子を選別する場ではないはずです。
どうすれば学校の標準をゆるめることができるのか。著書『学校の中の発達障害』でもさまざまなヒントを紹介していきますが、みなさんもぜひ考えてみてください。
<まとめ>
ローカルルールが細かすぎると「学校の標準」が狭くなる。
それが発達障害の子を苦しめている場合がある。
本田 秀夫
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授
同附属病院子どものこころ診療部 部長