実刑判決前に死亡した場合、相続権は失わない
以前、養子が養親を殺害した容疑で逮捕されたというドラマや小説のようなニュースをもとに、その相続関係について説明しました(『独身の資産家が不審死…高齢母が驚愕した〈見知らぬ相続人〉と〈遺産の行方〉』参照)。
ところがその後、その容疑者が刑事裁判を受ける前の拘留中に自殺してしまうという、急展開がありました。
相続人が被相続人を殺害するということは、現実ではなかなか考えにくいことですが、今回、実際に起きてしまったことから、現実の事件を参考にして作成した設問により、この場合の相続関係がどうなるのか、説明したいと思います。
この相続関係でポイントとなるのは、容疑者が「刑事裁判を受ける前に亡くなってしまった」ということです。
民法891条では、相続欠格事由として、相続人がこのようなことをした場合は相続人となれなくなる場合を定めています。
遺言書を偽造した場合
相続人が被相続人を殺害した場合
とすれば、本件でも、養子である冬樹さんに相続欠格事由があり、冬樹さんは夏子さんの財産を相続できないように思えます。
しかし、民法891条は、単に「被相続人を殺害した者」と規定しておらず、「故意に被相続人…を死亡するに至らせ…刑に処せられた者」と規定しています。
すなわち、被相続人を殺害しただけではなく、「刑事裁判で有罪判決を受け、刑に処せられる」ことが必要とされているのです。
本件に当てはめてみると、冬樹さんは、まだ取り調べの段階で自殺しており、刑事裁判になっていません。
そこで、有罪判決も受けていなければ、刑も受けていないのです。
したがって、冬樹さんは相続欠格事由に該当しません。
ということは、冬樹さんは夏子さんを殺害したかもしれないのに、夏子さんの相続人になれるということとなります。
よって、「冬樹さんは、夏子さんを殺害していることから、相続資格を失うので、春子さんが冬樹さんの相続人である葉子さんに返還請求ができる」とする選択肢①は誤りとなります。
冬樹さんは、妻である葉子さんと離婚協議中ということです。しかし、離婚協議中であっても離婚していなければ、相続する権利はあることとなります。
したがって、冬樹さんの「夏子さんの財産を相続する権利」を、冬樹さんの相続人となる葉子さんが、さらに相続することとなります。
よって、「冬樹さんは夏子さんを殺害していても有罪判決を受け懲役刑を受ける前に自殺してしまったので相続資格を失わず、夏子さんの1億円は冬樹さんに相続され、離婚協議中の葉子さんが相続することとなる」とする選択肢②は正解となります。
ただし、冬樹さんに負債があった場合は、相続放棄をしないと夏子さんの財産も相続できることとなりますが、負債も相続してしまうこととなるので、相続するかどうかに当たっては調査が必要かと思います。