中小企業でも「両利きの経営」は実現可能
「両利きの経営」とは、企業経営において、両手を巧みに使いこなすがごとく「知の探索(新規事業の発掘)」「知の深化(既存事業の深堀り)」の両方を進めていくことをいいます。書籍『両利きの経営―「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』(東洋経済新報社)がベストセラーになり、読者の中にも読まれた方が多いのではないでしょうか。そして「両利きの経営」は中小企業では無理だと思われているかもしれません。
確かに、書籍『両利きの経営』は大企業向けに書かれており、組織的にも物理的にも新規事業と既存事業を分断することを推奨しています(構造的両利きの経営)。資源の少ない中小企業では組織の分断は困難と思われても仕方ありません。
しかし、記事『中小企業の生命力を高め、寿命を飛躍的に伸ばす〈両利きの経営〉とはなにか?』でも述べたとおり、「構造的両利きの経営」に加え、「連続的両利きの経営」や「文脈的両利きの経営」といった手法があり、必ずしも組織を分断しなくても「両利きの経営」は可能なのです。
「両利きの経営の必要性」を、従業員に腹落ちさせよ
経営者が一人で頑張ってみても、従業員の協力なくして、「両利きの経営」は困難です。従業員にしてみれば、利益を出せる既存事業があるのに、成功の保証のない新規事業などやりたくないし、新規事業は、自分たちが稼いだ金を食いつぶす厄介者に映ることもあります。
このように両者は反発しあうので、書籍『両利きの経営』では組織の分断を推奨しているのです。組織を分断せずに両者の対立を避け、組織を両利きにしていくためには、すべての従業員に「両利きの経営」が必要であることを腹落ちさせることが肝要です。
既存事業+別の食い扶持=「両利きの経営」
「両利きの経営」は手段であり、目的ではありません。市場の変化が激しい現代においては、今日うまくいっている既存事業が明日失速するかもしれません。既存事業が突然立ち行かなくなっても生き残るために、別の食い扶持を用意しておく、これが「両利きの経営」です。
それでは、企業はなぜ存続しなければならないのでしょうか。企業を設立したからには、何らかの目的があったはずです。その目的を達成するために、経営者は、企業を経営しているのです。それを明文化したものが経営理念です。どんなに立派な経営理念があろうとも、潰れてしまっては元も子もありません。
つまり、企業は経営理念を実現するために存続する必要があり、その手段として「両利きの経営」が必要なのです。
大きな目標が「従業員のモチベーション」を高くする
「両利きの経営」を実現するためには、まず、従業員に経営理念を浸透させることが必要です。読者の中には「会社の経営を早急に何とかしなければ…」と思い、この記事にたどり着いたという方もおられるでしょう。お尻に火が点いた状況で〈経営理念の浸透〉などと悠長なことは言っていられないとお思いかもしれません。しかし、「急がばまわれ」です。
大義名分のある経営理念には「人を動かす力」があるといわれています。イソップ物語に「3人のレンガ職人」という寓話があります。一人は不満そうに、一人は笑顔で、もう一人は生き生きとレンガを積んでいます。旅人が「何をしているの?」と聞くと、不満そうな職人は「レンガを積んでるんだ」、笑顔の職人は「家族を養うために働いてるんだ」、生き生きとした職人は「歴史に残る大聖堂を建てているんだ」と、それぞれ答えました。
このように、同じ仕事をしていても、その目的によってモチベーションは上がりもするし、下がりもするのです。大きな目標を掲げれば、従業員のモチベーションもそれに合わせて高くなるのです。
後付けでもいい、「崇高な経営理念」を掲げよう
崇高な経営理念がなければ、従業員を動かすことはできません。あなたの会社の経営理念は、従業員の心を動かす高い目標となっているでしょうか。今一度、経営理念を見直してみましょう。また、もし経営理念がなければ、作りましょう。
あなたは何のために会社を経営しているのでしょうか? 食べるためで、崇高な目的などないという方もいらっしゃるでしょう。なければ、後付けでもいいのです。数ある仕事の中から、その仕事を選んだのはなぜですか? そこには何か夢があったのでは? あなたはその仕事を通じて何を成し遂げたいのでしょうか? そんなことから考えてみるのもいいでしょう。経営理念とは、経営者の生き方を反映したものなのです。
経営理念を浸透させ、従業員も「同じ夢」を見てもらう
どんなに立派な経営理念があっても、それが従業員に浸透していなければ意味がありません。経営理念を理解していない従業員は、会社が傾いたとき、簡単に転職の道を探すでしょう。しかし、従業員が経営理念を理解し、経営者とともにそれを実現することを夢見ていれば、会社の立て直しに邁進してくれるというものです。会社の立て直しに「両利きの経営」が必要だと分かれば、既存事業の担当者も新規事業の担当者も対立せず、協働するようになるのです。
崇高な経営理念をつくり、それをことあるごとに従業員に熱い言葉で語りましょう。分かってもらえるまで、10回でも20回でも、繰り返し、ときには一対一の面談で、ときには全従業員の集まる会議の場で、ときには社内報で。自分の言葉で伝えれば、必ず従業員の心に届くはずです。従業員があなたの生き方に共鳴して協力してくれれば、しめたものです。
ぜひとも、崇高な経営理念を掲げ、従業員を巻き込んで「両利きの経営」に邁進してください。経営理念を浸透させたら、次は、従業員に経営者マインドを持ってもらい、積極的に経営に参加してもらいましょう。
工藤 敦子
IPAX総合法律事務所
カウンセル弁護士
事業承継支援コンサルティング研究会