成功している企業が陥りがちな「サクセストラップ」
「人間は歴史から学ばない、ということを私たちは歴史から学ぶ」
ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉です。この言葉を耳にした時、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。あり得ないと決めつけていた「世界中を巻き込む戦争」。それは、一つかもしれません。
一方、ビジネスの世界に想いを馳せると、私は昔から抱いていたある疑問を思い出します。時代変化に対応しきれず、消えていくかつての優良企業。そういった事象は、なぜ世界規模で継続的に起こるのでしょうか? きっと、何か本質的な理由があるに違いありません。
「両利きの経営」は、こうした事象に関連する世界のイノベーション研究・最重要理論となっており、多くの学者によって研究が進められてきました。書籍『両利きの経営』は、この理論に関する初の体系的な解説書であり、アメリカの経営学者(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン)によって執筆されました。
「両利きの経営」とは、企業経営において、両手を巧みに使いこなすがごとく「知の探索(新規事業の発掘)」、「知の深化(既存事業の深堀り)」の両方を進めていくことをいいます。
一般的に市場で成功している企業の活動は、「知の深化」に偏る傾向があります。「知の深化」は従来製品の延長線上の改善であるため、リスクが低く、収益の確実性が高いのに対し、「知の探索」は未知領域で行われるため、多大な手間やコストがかかる上に、収益性が不透明なケースが多いためです。
この結果、中長期的なイノベーションが枯渇していくことを、サクセストラップと呼びます。前述の優良企業衰退の原因は、この辺りにありそうです。書籍「両利きの経営」は、その解決策について事例を示しながら解説しています。
「両利きの経営」の実践を考えるにあたって、既存事業と新規事業の特性について、あらかじめ頭に入れておきたい点があります。
マネジメント面において、既存事業では製品の漸進的な改善が中心となるため、効率性、コントロール、確実性、などを重視することが求められます。一方、新規事業では未知領域を試行錯誤しながら進んでいくため、スピード、柔軟性、自発性などを重視したリーダーシップが求められます。
収益面では、短期的に既存事業の方が圧倒的に効率的である一方、中長期的に新規事業が収益性を向上させた場合、カニバリゼーション(共食い)が生じて既存事業の脅威となり得ます。
2つの事業組織には、このように葛藤が生じる本質的なメカニズムが存在しているのです。「両利きの経営」では、これらを踏まえたリーダーシップ発揮や組織づくりを行うことが、ポイントとなります。