(※写真はイメージです/PIXTA)

苦労して会社を軌道に乗せてきた社長も60歳。起業家を志す子どもたちは承継に興味がなく、二人三脚でやってきた取締役も引退を希望。いずれはM&Aを…と考えていますが、いまは夢を持つ子どもたちに最大限メリットを享受させ、なおかつ面倒ごとのリスクになりかねない株式の分散を回避したいと考えています。社長と税理士とコンサルタントのやり取りを通じて、社長の希望を実現する方法を探ります。

自社株は分散させず、財産の権利だけ子に移転したい

泉税理士の依頼で、コンサルタントの福山雅夫氏は、木村社長と泉社長に信託の利用方法を説明することになりました。

 

福山氏は、信託には「分ける」機能があり、それを使えば木村社長の自社株を分散させずに2人の子どもたちに自社株の権利のうち財産の権利(配当受領権・残余財産分配請求権)だけを渡してあげることができるといいます。

 

「信託は、信託する者(委託者)が、信頼する者(受託者)に、信託する財産(信託財産)を移転して、その財産の管理を任せる仕組みです。最近では、信頼する家族に信託財産の管理を任せる家族信託の利用が増えています。委託者が自分ではない他者(個人・法人)に資産の管理・処分を任せるのが一般的です」

 

自社株を分散させずに自社株の財産の権利だけをお子さんたちに移転したい、という木村社長のニーズを満たす信託は、この一般的な信託ではなく「自己信託」という信託を利用します。福山氏は話を続けます。

 

「〈自己信託〉について、簡単に説明しましょう。自己信託は、木村社長が持つ自社株を信託財産にすると宣言して、その信託財産を木村社長が持つ資産(木村社長の固有資産)と分別して管理する信託です。自社株は信託財産となり、木村社長の固有資産ではなくなります。木村社長が受託者として、受益者のために自社株を管理・処分していきます」

 

福山氏は、木村社長と泉税理士が、福山氏の説明を理解しているか、両者のうなずきや表情を確認しながら説明していきました。

 

「受益者は、信託財産の利益を得るといった権利(受益権)を持つ者のことをいいます。自身が持っていた資産(信託財産)を信託した者(委託者)が、受託者に信託財産の管理・処分を任せて、委託者が受益者にもなる信託が一般的ですが、自己信託は、委託者が受託者を務める信託です。そして、受益者は、受託者以外の他者がなることが必要です」

 

「信託法には、受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年続いたときには終了してしまうと規定されています。一般的な信託のように、委託者が受益者となる信託とすれば、自己信託では委託者と受託者と受益者がすべて同じ者となり、その状態が1年継続すると、信託法により終了してしまいます」

「自己信託」なら、複数受益者&株式の分散回避を両立

では、木村社長の場合には、どのように自己信託を活用すればいいのでしょうか。福山氏はいよいよ本題に踏み込んでいきます。

 

「木村社長は委託者として自社株を信託します。そして受託者は木村社長が務めます。この自己信託を開始したときの受益者も木村社長とします。自己信託を開始したのちに、木村社長が持っている受益権の一部をお子さんたちに贈与します。受益権を贈与することで、受益者は木村社長以外に、お子さんたちも受益者になります。お子さんたちが受益者となることで、受託者の木村社長が受益権の全部を固有財産で有する状態ではなくなり、信託は終了しないことになります」

 

「信託法では、信託に特段の定めをしない限り受益権の譲渡(贈与は無償譲渡)が可能です。毎年、木村社長がお子さんたちに受益権を贈与していくことで、信託財産の自社株の財産の権利をお子さんたちに移転していきます。自社株の財産の権利はお子さんたちに移転しても、信託財産の自社株の管理・処分は受託者の木村社長が行います。すなわち、自社株の議決権行使は、株主である受託者の木村社長が行使していきます」

 

信託財産の所有権は委託者より受託者に移転します。自己信託では、委託者が受託者でもあるため他者(委託者以外の者)への移転はありません。信託された財産は受託者が所有者として管理・処分していきます。受益者は、木村社長とお子さんたちになりますが、株主は木村社長1人のままで変わらず分散しないのです。

 

福山氏は、さらなるポイント解説へと進みます。

 

「税法では、受益者が信託財産を有するとみなします(所得税法13条)。お子さんたちが受益者になると、お子さんたちが得た受益権の割合だけ信託財産を有することになり、お子さんたちには、受益権を受贈した時点で贈与税が課税されます。それから、木村社長が将来M&Aをするときには、木村社長が株主として、自社株を買収者に譲渡します。受益者は、有する受益権の割合に応じた自社株数を譲渡したとして、自社株の取得価額と株式譲渡価額との差額に所得税が課税されます」

 

「受託者が自社株を譲渡すれば、そのあと現金となった信託財産の管理を受託者が継続して行う理由もないため、信託を終了することにします。信託の終了については、どのような事由で終了するかを検討するとともに、どのように条件で終了させることができるか(例えば、受益者と受託者が合意したとき)も検討し、それを信託に規定していかなければなりません。信託が終了したときの信託財産の給付(返還)は、信託が終了したときの受益者に、受益者が有する受益権の割合で、信託終了時の信託財産である現金(自社株を譲渡したことにより現金となった)を給付します」

 

大まかではありますが、福山氏はこのように、木村社長が受託者となる自己信託を説明し、自社株を分散させることなく、子に財産権を贈与する仕組みを説明しました。

 

泉税理士は、自己信託を利用して自社株の財産権をお子さんたちに移転する仕組みを検討するには、税金のことや会社法などの法律のことなどについても詳細な検討が必要で、その内容を信託に規定していく必要がある、と木村社長に話しました。

 

さらに、信託は法律の専門家の関与が必要です。自己信託の利用を木村社長が望むならば、福山氏に加えて法律の専門家も交えて検討していきましょうと、泉税理士は木村社長に伝えました。

 

木村社長は、この自己信託に興味を持ち、泉税理士、福山氏、そして福山氏が紹介した弁護士とともに自己信託を検討していくことになりました。

 

 

石脇 俊司
一般社団法人民事信託活用支援機構 理事
株式会社継志舎 代表取締役

 

 

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