中小企業社長による後継者への自社株承継、3つの方法
本稿では、多くの中小企業の社長が利用できる後継者への自社株承継の方法として、自社株を後継者に「売る」「贈与する」「相続で渡す」の3つを取り上げています。
これまで「売る」「贈与する」2つの方法について述べました(『【中小企業経営者】納得の事業承継スキーム…「自社株を承継者に売る」方法』『【中小企業の事業承継】社長の生前に〈承継者に自社株を贈与する〉メリットと課題』『【中小企業の事業承継】社長が後継者に〈自社株を一括で贈与する〉メリットと課題』参照)。
この2つの方法は、社長が生前に後継者に自社株を渡す方法です。社長が元気なうちに、後継者へ自社株の移転が完了します。しかし、「売る」「贈与する」の2つの方法には課題もあり、社長の生前に進めるにも躊躇してしまうこともあるとも述べました。
今回からは、社長が後継者へ自社株を「相続で渡す」方法について述べていきます。
「うちは大丈夫」と思っても、遺言書を作成すべきワケ
今後、自社株承継の計画を立て、「売る」又は「贈与する」ことで自社株を後継者へ渡すことを考えている社長も、まだそのようなことを考えていない社長も、後継者が決定した社長は、自社株承継の準備にまずは遺言の作成から始めることをお勧めします。筆者の経験では、相続に備えて遺言を作成したという社長の数はまだ少ないと感じています。
令和2年7月10日より、自筆証書遺言書保管制度が始まりました。今後、遺言の作成を検討する人も増えることと思いますが、現時点においては遺言の作成件数は少ないと思われます。令和3年に全国で作成された遺言公正証書の数は、10万6,028件です(令和2年の作成件数は9万7,700件)。毎年、130万人台の方が亡くなることから考えても、まだまだ作成件数は少ないといえるでしょう。
「家族は仲がいいから」「遺言を書くほどの資産は持っていないから」など、遺言を作成しない理由はいろいろとあるでしょう。しかし、後継者が決定した社長には、そのような理由など関係なく、必ず遺言を作成してほしいのです。人間はいつ亡くなるかわかりません。社長が突然に亡くなっても、社長の自社株は後継者に確実に承継されるように、遺言は必須なのです。
社長が亡くなると、社長が持つ資産は「遺産」となり、遺産は相続人全員が共有することになります。遺産の分割が完了するまでの間、相続人が皆で自社株を共有していることになります。自社株が共有となっている状況においての議決権の行使は、相続人の中から代表者を決めて、会社にその代表者を通知して、代表者が議決権を行使することが必要です(会社法106条)。社長の遺言がなく、社長の遺産分割において、相続人同士に何かもめ事があれば、議決権行使も滞るかもしれないのです。
家族は仲がいいし、家族は後継者が会社を継ぐことも承知しているから、遺言を作成せずとも後継者が自社株を相続することを認めるだろう…と思っている社長も多いと思います。しかし、それでもなお遺言を作成することをお勧めします。社長が亡くなったとき、社長の自社株を後継者に速やかに継がせることができるのは、社長しかいないのです。
遺言には、必ず「遺言執行者」を定めてください。遺言執行者は、社長亡き後の社長の資産承継の思いを確実に実現する社長の代理人となります。遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権限を持ちます(民法1012条)。また、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができません(民法1013条)。
それでも遺言書作成が困難なら、自社株の信託を検討
社長は自社株以外の資産も所有しています。自社株は後継者に相続させると思っていても、それ以外の資産について、誰にどの資産を相続するのがよいか、いますぐ決めることに迷うこともあるでしょう。また、今後収入を得ていくことで資産も増え、その内容も変わるでしょう。役員退職金を得れば、一時に社長の資産を大きく増えます。今後、どのように増えていくかについて、確実な予想も難しく、やはり遺言を作成することの難しさを感じるでしょう。
そのような社長には、自社株だけを後継者に確実に承継することを、まず検討していただきたいと思います。詳細の説明は、あらためて別の回にて行いますが、自社株を後継者に確実に承継する方法として、信託の利用は有効です。上記のような理由で、なかなか遺言を作成できないときには、自社株の信託を検討するとよいでしょう。
\「民事信託の活用」「事業承継」正しく進める方法とは?/
信託のリスク回避、自己信託etc.…毎月セミナー開催!