不器用さを恨めしく思った「アラームの意味」
「今日、三月一八日って何かの日だったりしますか?」
奥さんは眉間に皺を寄せて、一瞬、口をへの字に曲げてから言いました。
「何の日ってこともないけど、私の誕生日ではあるわね」
僕はアラーム設定のディスプレイを奥さんに見せました。
「和田さん、奥さんの誕生日を忘れないように、アラーム設定していたみたいですね」
奥さんは「まさか」と言って、和田さんの携帯電話を手に取りました。
「今朝、携帯が鳴ったのは、このアラームが作動したからですよ」
奥さんは何も答えず、握りしめた携帯電話をじっと見つめていました。
調べてみると、和田さんの携帯電話には四件のアラーム設定が登録されていました。奥さんと二人の子どもの誕生日、そして、奥さんとの結婚記念日です。それが、僕にはとても意外でした。
口数が少なくぶっきらぼうな職人気質の和田さんが、携帯電話に記念日を登録するようなことをしていたなんて、すぐにはイメージできませんでした。
それでもそのアラームは、機械音痴の和田さんが、家族を思い、一生懸命登録したに違いありません。和田さんが誕生日や結婚記念日を忘れないようにしていたことを、奥さんは「ぜんぜん知らなかった」と言いました。
「だって、誕生日だからって、おめでとうなんて言ってくれたこと一度もなかったんだから」
僕は和田さんの不器用さを恨めしく思いました。それならば、何のためのアラームだったのか。和田さんが生きていたら、問い詰めずにはいられなかったでしょう。だけど、僕のそんな思いは、次の奥さんの言葉で吹き飛びました。
「でも、毎年、ケーキだけは買って帰ってきてたわ。小さなケーキの箱を黙ってテーブルの上に置くのよ」
それが、ぶっきらぼうな和田さんの精一杯の愛情表現だったのでしょう。不器用だけど、愛のある和田さん。僕は、和田さんにもう一度会いたくなりました。
うちの会社では今日も、自慢のカウンターがお客様を迎えています。