(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

「知らなければ、知ればいい」孫の名案

父の古稀(七〇歳)のお祝いで親族が集まったときの話です。私も妻と小学五年生の娘の結衣を連れて、実家へ帰りました。四年ぶりの里帰りです。

 

お祝いの前日、父が自室でテレビを見ている間に高校生の姪っ子から提案がありました。

 

「明日のお祝いの席では、一人一人、おじいちゃんにお祝いの言葉を伝えようよ」

 

すると、私の横で結衣が困った顔をしました。無理もありません。結衣が最後に祖父である私の父に会ったのは、小学一年生の時です。結衣は自分の祖父のことを何も知らないのです。

 

「結衣は止めておくか? おじいちゃんのこと、何も知らないだろう」

 

私は助け船を出したつもりだったのですが、結衣は激しく首を横に振りました。自分だけが「おじいちゃんのことを知らない」ことが悔しかったのかもしれません。

 

次の瞬間、結衣はパッと明るい笑顔を見せて「いいこと思いついた!」と言いました。

 

「知らなければ、知ればいいんだよね。明日まで時間あるんだから」。結衣は、自分の荷物からノートを取り出し、メモを取り始めました。

 

「今からおじいちゃんにインタビューしてくる。年の数だけ質問するんだ」

 

それから、父への質問でノートを埋めた結衣は、父の部屋に入っていき、長い間出てくることはありませんでした。

 

翌日のお祝いの会。集まった親族で食事をしながら歓談が進み、父へのお祝いの言葉を伝えるときが来ました。年長者から順に話していき、結衣の順番は最後です。そして、いよいよ結衣の順番となりました。結衣が小さく頭を下げて話し始めます。

 

「私は、おじいちゃんのことをぜんぜん知りませんでした。だから昨日は、おじいちゃんとたくさん話をして、仲良くなりました。おじいちゃん、昨日はたくさんの質問に答えてくれて、ありがとう」

 

そう言って、もう一度頭を下げた結衣を見て、父は嬉しそうに何度も頷きました。結衣は持っていたノートを開きました。

 

「ここにいるみんなに、私から『おじいちゃんクイズ』を出します」

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    本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

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