2012年の広島高裁判決から私たちが学んだこと
2001年、ある男性が交通事故で植物状態になってしまいました。
保険会社との交渉等のため男性の親せきが後見人になり、4,770万円の保険金を受け取ったのですが、そのうち3,794万円を使い込んでしまいました。使い込んだ親戚後見人は解任されましたが、次の後見人は、「知的障害を持つ人を後見人に選んだ家庭裁判所が悪い」と裁判を起こしました。
これに対し広島地方裁判所は、「障害があっても横領するとは限らないからその後見人を選んだ広島家庭裁判所福山支部に責任はない」としました。
しかし、広島高等裁判所は、「横領があったにもかかわらず弁護士を後見人に追加する程度しかしなかったのは怠慢につき家庭裁判所福山支部に責任がある」として国に対し231万円を払うよう命じたのです。
本著を書くにあたり前で述べた福山事件に関わった裁判官に当時の印象を照会したところ、
「前任の裁判官は転勤間際で処理するのは難しく、担当の裁判官が転入後、相当期間経過してから動き出したのは調査官室と審判官の連携がうまくいっていなかったせいだと感じました。
いわゆる無責任体制だったわけですが、支部だと、裁判官はいろんなことをしているし、当時、刑事単独事件が多くて裁判官の責任にするのはどうかと。むしろ支部長の責任が大きかったと感じたのを覚えています。(省略)
IQがたしか40台の姪御を後見人にしてしまった調査官の過失から、男性(カラーテレビを何台も買ってやったはず)に貢いだ後見人(自動販売機のように金が出てきたと述べていたはず)を選任したという主張や、これは通らないとは思いましたが、最高裁の管理体制不備を理由に、使途不明の数千万全体の賠償を求めたのに、200万円台になったことは残念な思いでした」
とメールで回答を頂きました。
要するに、広島家庭裁判所福山支部後見係の無責任体制を違法としたことがわかります。
この判決を受け、全国の家庭裁判所後見係の審判官、書記官、調査官、参与員は扱いにくい親族を後見人とせず、扱いやすい弁護士等を後見人に登用することが増えていったのです。
そして、後見を専門にしないにもかかわらず、弁護士や司法書士等を、専門職後見人などと銘打って後見業界にデビューさせたのです。
そのことは、過去20年間に選任された後見人の属性の変化を見るとなお明らかです。上の図を見ると、2000年当初、9割以上を占めていた親族後見人の比率が、広島県の福山判決があった2012年、弁護士等後見人に逆転され、以降どんどんその差が開き、2020年には、親族後見人は2割、弁護士等が8割となっています。
福山事件の一審が始まったころから親族外しに拍車がかかったとみて問題なく、裁判所の思惑が垣間見えてきます。
そもそも、殺人などの刑事事件や多額のお金が絡む民事事件に比べ、離婚・相続・遺言・後見という家事事件は控えめな分野です。なかでも後見は後回しになりがちです。
裁判所で扱う事件は過去の出来事の決着や清算につき、判決イコール終了ですが、本人と経済社会の関係を評価した上で代理人をつける後見は、審判イコール始まりとなり、事案のフォローが面倒という性質も持っています。
そのような性質上、数年前から、年に1回、後見人が自主的に裁判所にレポートする運用が採用されましたが、2000年以降、裁判所から10年間何も言われずレポートさえ出したことがないという利用者は少なくありません。
福山事件はその渦中に発生したわけで、「福山みたいにならないように」が全国の家庭裁判所後見係のスローガンとなり、家族による無料後見という制度設計の前提が崩され、弁護士や司法書士による有料後見という例外的運用が常態化してしまい、心無い悲惨な事案が多発してしまったのです。