今回は、自宅を相続する際に利用したい「小規模宅地等の特例」の活用法について、さらに詳しく見ていきましょう。

税制改正における小規模宅地等の特例の緩和

親との同居を考えるうえで、知っておきたいトピックが2つあります。1つは、平成26年1月1日以降の相続について、二世帯住宅の基準が緩和されたことです。

 

それまでは二世帯間で自由な行き来ができる構造になっている場合のみ同居と認められ、小規模宅地等の特例の対象となっていました。ですから、たとえば玄関が別で外廊下でつながっている母屋と離れのような構造では、自由な行き来ができないとして同居とは認めてもらえなかったのです。

 

しかし、現在では後者の場合でも同居として特例の対象に含まれるようになります。二世帯住宅の建築を考えている人にとっては、今までより設計の自由度が増す分、どんな家にしようかと夢が広がりそうです。

 

もう1つのトピックとして挙げられるのは、老人ホームで亡くなった場合の自宅の取り扱いが緩和されることです。

 

最近は老人ホームで最期を迎える人が増えてきましたが、親が老人ホームで亡くなった場合、自宅を「自宅」と認めてもらえない事例がこれまで多くありました。生活の本拠地は老人ホームであり、税法特有の杓子定規の考え方で自宅はもはや「自宅」の役目をしていないとする考え方です。すると、それまで同居していた子は小規模宅地等の特例が使えず、相続税に苦しむことになってしまいます。

 

それではあんまりだというので、その考え方が一部緩和されています。具体的には、次の条件を満たしていれば、親が老人ホームに入居して亡くなっても自宅は「自宅」として認められます。


①介護を受けるための老人ホーム入居であること
②自宅に他人が住むなど居住用以外の使い方をしていないこと

 

これらの改正により、親との同居と認めてもらえる範囲が広がり、小規模宅地等の特例の適用範囲が広がったといえます。

子が親と同居できない場合は賃貸物件に建て替える

小規模宅地等の特例の税制上メリットが大きいといっても、子が親と同居できない場合もあります。また、仮に相続が始まる直前に特例の適用を狙って同居を始めたとしても、形式的には3年経過していなければ、相続直前では単なる税金逃れと疑われ、同居の実態があったとは認めてもらえません。

 

こういった条件は、さも税法は国民全員が熟知しているもので、知らない人は損をしても仕方がないとでもいわんばかりです。税法にはしばしばそういう条件が付随していますが、その代表例のような気がします。

 

しかし、このように子が母と同居できない、もしくは相続発生まで3年の猶予が見込めない場合でも、母が存命であれば、まだ節税できる道は残っています。それは、母は老人ホームに入り、自宅を賃貸物件に建て直すことです。

 

賃貸用住宅にすれば、貸付事業用地として最大200㎡に5割の評価減ができます。先ほどと同じ条件で考えますと、240㎡のうち200㎡の部分について適用でき、その評価額は1億1200万円になります。

 

(240㎡ -200㎡)×100万円×0.8/㎡+200㎡×100万円×0.8/㎡×50%

=1億1200万円

 

同居と比べれば節税率は低くなりますが、何もせずに相続を迎えてしまうよりは、はるかにいいと思います(0.8は簡便的に貸家建付地評価として使用しています)。

生前に自宅を売却してしまう方法もあり

父親の相続において、自宅は母親と子が相続したものの、同居の子が母親の死後、その自宅に住み続けられない場合は、小規模宅地等の特例が使えません。自宅に住まないことがあらかじめわかっているのであれば、いっそのこと親の生前に自宅を売却してしまうことも考えてはどうでしょうか。

 

自宅を売却したお金で母は老人ホームに入り、子は新居に引っ越せば、相続で自宅をもてあます心配もありません。しかも、居住用住宅の売却にあたっては3000万円の特別控除という、税制上の大きなメリットが用意されています。

 

不動産などの資産を売却することを譲渡といいますが、この譲渡によって得た利益(譲渡益)が多いと所得税がかかります。ただし、自宅として居住していた土地・建物の譲渡については3000万円まで控除できるというのが、この特別控除の内容です。

 

さて、この特別控除を使うとして、売却する前に確認しておきたいチェック項目があります。それは、自宅の土地と建物の名義の一部を子にしておくことです。〝居住用〞という言葉は建物に使うので、建物は誰の名義で、誰が住んでいるのかということがポイントです。実際には売却して利益が出るのは土地からですから、少しややこしいかもしれません。

 

土地・建物のすべてが母親名義だった場合、単純に3000万円の控除しか受けられません。しかし、子も一部を共有しておけば、子にも3000万円の控除が受けられます。すると、合計で6000万円もの控除が受けられることになります。

 

子の持ち分はほんの1%でもかまいません。1%くらいなら、仮に贈与税がかかったとしても少額で済むでしょう。また、名義の一部を子に書き換えるタイミングは、いつでもかまいません。親が生きているうちであれば相続目前でもできる、即効性のある税対策です。

 

ただし、こんな落とし穴に引っかかってはいけないという教訓として、1つお話ししておきます。ある税理士がやりかけた案件を、私がたまたま引き継いだ時に出くわした、ちょっとした未遂事件です。

 

相続の生前対策で相談に来られた母娘がいて、自宅の話をしていました。将来的に自宅は売却の方向で考えているとのことでしたが、詳しく自宅の状況を聞いたところ、父の一次相続の分割で敷地の一部は子(娘)と2分の1ずつの共有になっているけれども、家屋は親(母)のみの名義になっていることが判明しました。

 

居住用の3000万円の特別控除は、「自宅」の譲渡について使えるものです。子の建物の持ち分がゼロということは、子の土地には自宅が建っていないという意味になります。建物のない居住用の特例というのは道理が通りません。

 

「このままでは娘さんに特別控除が適用できません。3000万円をみすみす逃してしまうことになります」と私から指摘を受けた母娘は、慌てて建物の一部を子に名義変更し、どうにか事なきを得ました。

 

前任者の税理士は、このままでは子が控除を受け損ねることを承知していて、いずれはちゃんとアドバイスするつもりだったかもしれません。しかし、それを本人たちに伝えていなければ、素人である母娘が自分たちで気付くことはできなかったでしょう。

 

先々の計画を依頼者に伝えていなかったこと自体が、税理士側の落ち度だといわれても仕方がないことかもしれません。この連載をお読みのみなさんには、自宅の売却をする前には、この失敗しかけた母娘のことを思い出してほしいと思います。

本連載は、2013年11月1日刊行の書籍『相続税対策は顧問税理士に頼むと必ず失敗する』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

相続税対策は 顧問税理士に頼むと必ず失敗する

相続税対策は 顧問税理士に頼むと必ず失敗する

田中 誠

幻冬舎メディアコンサルティング

税のプロとして認識されている税理士にも得意不得意分野があります。特に不動産を含む資産税に関する対策は、その実務経験がものをいいます。つまり、相続税対策はどの税理士に頼むかで、結果が大きく変わるのです。 本書は、…

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