前回に引き続き、自社株評価の高い企業がスムーズに事業承継する方法がテーマです。今回は、相続時精算課税制度の具体的な活用例なども見ていきます。

類似業種比準方式、純資産価額方式の違いとは?

類似業種比準方式とは、評価しようとする会社と同業種で上場している会社の株価を基準にする方法です。基準とする上場会社のデータは国税庁が定期的に公表しています。「1株あたりの年配当金額」「1株あたりの年利益金額」「1株あたりの純資産価額」という3つの要素を、上場会社と評価しようとする会社と比較することで、会社の株価を算定します。

 

しかしこの中でも注目したいのは、算出時には1株あたりの年利益金額を3倍にすることになっている点です。つまり、他の要素に比べて利益が3倍も株価に影響を与えているのです。この部分を圧縮できれば、株価が大きく下がることになります。このケースで退職金を支払う理由もここにあります。

 

一方、純資産価額方式とは、「総資産価額」「負債価額」「評価差額に対する法人税等相当額」「発行済み株式総数」の4つの要素から算出する方法です。株価を下げるには、「総資産価額」を減らし、「負債価額」「法人税等相当額」を増やすことです。

 

総資産価額は、たとえば不動産を購入するのが有効です。なぜなら、1億円で買った土地はかなりの割合で1億円よりも低い評価額になるからです(ただし3年間は時価で評価されるので注意が必要)。第10回で株価を下げるメニューとして「不動産を購入する」を挙げたのは、この目的のためです。

 

「減価償却を計上する」というのは、工場に新しい機械を入れたり、事務所にパソコンを増やしたり、新しいシステムを導入したりといった設備投資を積極的に行おうという提案です。事業用に購入した設備は10万円以上なら資産になります。毎年、減価償却していくのでその分、資産が減っていくことになります。

 

減価償却というのは、その資産の価値が経年によって下がっていくという考え方です。たとえば、事務所用(鉄筋コンクリート造り)のビルなら50年、パソコンなら4年で価値がゼロになります。長男に会社を引き継ぐ前にいろいろな設備を新しく入れ替え、より便利で効率的な会社にしてあげるのも置き土産として歓迎されることと思います。

 

「生命保険を活用する」というのは、役員退職金の原資になると同時に利益の圧縮にも効果があります。さらに、役員や従業員に万一のことがあった場合にも備えることができて3重の意味でメリットがあります。

 

生命保険の契約者は法人とし、被保険者を役員にします。保険料は損金算入によって利益の繰り延べができますから、資金に余裕のある会社なら複数の生命保険に加入するといいでしょう。生命保険には掛け捨てや解約返戻金が出るタイプなどがありますが、この場合は退職金の積み立ても目的ですから解約返戻金のあるものを選びます。

 

たとえば、75歳で引退しようと思うなら45歳の時に長期定期保険に加入します。その時、75歳で解約するつもりで返戻金が高くなるように設計しておけばいいのです。すると、75歳で退職する時に、その返戻金が退職金の原資となります。もし75歳よりも以前に死亡するようなことがあっても遺族に保険金が支払われますから、当面の資金繰りに困ることはないというわけです。

税負担ゼロの自社株贈与を実現した具体例とは?

第10回の連載でご紹介した、社長の話の続きです。この社長の場合は4000万円の保険に入っていました。仮に何も対策をせずに相続が起こっていた場合、1億7000万円あまりの相続税が発生していたことを考えると、たったの4000万円ではあまりにも足りません。せめて1億円くらい保険に加入してしかるべきだったと思うのですが、これは今さらお伝えしても仕方のないことでした。今からできることとしては、長男が事業承継した段階で自分や家族、従業員のために生命保険に加入することでした。

 

ところで、私はさらにもう1段階、この会社にテコ入れを施しました。株価を下げるだけでも十分に節税効果はあったのですが、事のついでに資産の整理をしておいたほうがいいと思ったからです。具体的には、社長に支払う退職金の1億4000万円をどのように調達するか、4000万円は生命保険の解約返戻金をもって支払い、残りの1億円を会社の土地と建物の不動産で支払うという提案をしました。

 

会社の土地と工場が帳簿価額2億5000万円のところ、時価評価額でちょうど1億円だったので、これは都合がいいと思いました。なぜなら、会社としては不動産で1億円を支払うほうが、現金で1億円支払うよりも資産を減らすことになるからです。

 

現金と不動産では、そこに必ず差額が生まれることを思い出してください。かつ、この会社のように高値で購入した不動産を持っている場合にはなおのこと好都合です。現金で1億円を支払うと1億円しか減りませんが、時価評価額が1億円の不動産で支払ったとしても、実際のこの会社の帳簿価額は2億5000万円ほどですから、差額の1億5000万円の損失も計上することにより、過去の利益もその分が減ったことになります。社長の退職金として会社から出ていくお金はないにもかかわらず、保険の解約返戻金と不動産でまかなえるということになるわけです。

 

社長には会社からの賃料収入として毎月120万円が入ります。会社を退いても現役時代の月額報酬150万円とさほど変わらない収入があることで、社長の老後の資金にも不安はありません。また、会社としても賃料を支払うことで利益を減らすことができます。

 

さて、こうして一連のテコ入れをして当該の会社の株価を5億円から数千万円にまで下げることに成功しました。後は長男に自社株を贈与するだけです。評価が下がった時に、相続時精算課税制度を使えば、税負担ゼロで贈与できます。

 

当初は2億5000万円も支払わなければならないかと思われた贈与税が、ゼロで済むとわかって社長も長男も大喜びでした。最後に社長からは「胸のつかえがとれた。これで今晩からよく眠れる」とのお言葉をいただきました。私としては、この会社とのお付き合いは始まったばかりです。これからも新社長となった長男を税務の面でサポートし、実際の相続が起こった時にも力添えができればと思っています。

本連載は、2013年11月1日刊行の書籍『相続税対策は顧問税理士に頼むと必ず失敗する』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

相続税対策は 顧問税理士に頼むと必ず失敗する

相続税対策は 顧問税理士に頼むと必ず失敗する

田中 誠

幻冬舎メディアコンサルティング

税のプロとして認識されている税理士にも得意不得意分野があります。特に不動産を含む資産税に関する対策は、その実務経験がものをいいます。つまり、相続税対策はどの税理士に頼むかで、結果が大きく変わるのです。 本書は、…

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