事業承継の大きなネックとなる「高い株価」という問題
同族経営の中小企業が存続するうえで、後継者に経営手腕と自社株を引き継ぐことは最も重要なテーマです。後継者には少なくとも発行済み株式数の3分の2以上を集中させなくてはなりません。それは自社株を持っていることイコール経営権を握っていることを意味するからです。
まずは、会社を経営している社長が子に事業を承継させたいと思うものの、株価が高くて移転が難しいというケースを考えていきます。これは私がある会合に出席した時に、たまたま隣に座った男性が雑談的に持ち出した話です。
その方は東北地方に住む70代の男性です。機械部品の製造会社を一代で築いて30年、ずっと安定した経営をしており、最近の売り上げも好調です。「わが社は優良法人なんですよ」と嬉しそうに話されていました。
優良法人というのは、正式には優良申告法人といい、「企業の経営内容に嘘偽りがなく、社員の所得水準も高くて、納税も毎年きちんとしている会社である」と税務署が認めた法人です。これに選定されるのは全法人の約1%といわれています。
しかし、男性は70歳を越えて健康に自信がなくなり、そろそろ相続のことが気になりだしたとのことでした。40代の長男が専務として事業をサポートしており、その妻が経理を手伝っています。次男は事業には携わっていません。
さすが優良法人だけあって自社株の評価額は5億円近くもありました。その8割は社長が保有しています。残りの2割は社長の妻の保有です。これを長男に移転しようと思うのですが、贈与しようとすると、2億5000万円という莫大な贈与税がかかります。かといって相続まで待っても、1億7000万円あまりの相続税がかかりそうです。事業承継税制も検討しましたが、人員整理もしなければならない状況なので、8割以上の雇用が確保できないということで見送っており、「早く経営を譲ってしまいたいが今のままでは譲れない。どうしたものか」と悩んでいらっしゃいました。
これだけの優良な会社ですから、顧問税理士は当然います。私はこれ以上詳しく聞いてしまうと、その顧問税理士のテリトリーを侵してしまうことになりかねないので、「お話を聞くことくらいはできますが、顧問の先生はどんな意見やアドバイスをされていますか」とやんわりと聞いてみました。
しかし、その社長は自社の顧問税理士に何年も前から頼んでいるけれど、一向に提案がないので物足りなさを感じているのか、あるいは会計業務だけやってもらえればいいと割り切っているのかわかりませんが、どんどん私に深い話を始めるのです。そして、とうとう「あなたなら、わが社をどうにかできますか」と聞かれてしまいました。私は仕方なく、「たぶんできると思います」と答えました。これ以前の段階で、私はこの会社の顧問税理士が株の評価を適正にできていないことを感じていました。このままでは、「せっかくのいい会社を潰してしまうかもしれない」と思うと忍びなかったのです。
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まず検討すべきは退職金の支払いによる評価の引き下げ
さて、こういった場合、まず最初に考えるのは株の評価を下げることです。そして、株価が下がったところで長男に贈与します。そうすれば、贈与税を抑えて株を移転できるのです。では、どうやって株の評価を下げるかですが、これにはいくつかのメニューがあります。
①役員に退職金を支払う
②不動産を購入する
③減価償却を計上する
④生命保険を活用する
まず①「役員に退職金を支払う」から説明します。社長に許される範囲で最大限の退職金を支払います。まとまった額の退職金を放出することで一気に会社の利益を下げてしまうのです。退職金は「最終月額報酬×勤続年数×功績倍率(2〜3倍)」で出すのが相場です。この社長の場合、月額報酬が150万円でした。
本来、これだけ業績のいい会社であれば、社長の報酬額はもっと大きくてもおかしくありません。しかし、社長の人柄なのか、実につましい額で満足していたようです。これは余談ですが、私が「倍の報酬でもおかしくない」というと、社長は「そんなにもらっていいのですか!」と素直に驚いていました。私はこの時点でも「顧問税理士は社長の報酬を適正に判断していないのかもしれない」と違和感を覚えました。
ともかく、社長の退職金を1億4000万円に設定。これは、これまで社長が時間をかけて積み上げてきた努力に対する報酬ですから、正々堂々と受け取っていい金額です。しかも退職金によって会社の利益が圧縮され、会社の資産が減少します。ということは、おのずと株価も下がります。巨額の退職金をもらうことは、何よりも会社のためになるのです。
ここで、株式の評価について少し説明しておきます。
株式の評価方法は原則3つです。「類似業種比準方式」「純資産価額方式」「配当還元方式」です。今お話ししている同族経営の中小企業の場合は、類似業種比準方式と純資産価額方式を組み合わせて算出する「併用方式」を利用します。次回の第11回では、評価方式について説明しましょう。
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