「なんと勇敢なボーイよ!」1960年代に米国メキシコ間の国境へ向かった日本人青年が、称えられる理由

北米、中米、南米、欧州、中近東、アジアなど四十ヶ国・地域を旅した著者。地球にはあまりに多様な人、文化に溢れていることを知るきっかけとなった著者の体験を見る。

金網の国境 米国からメキシコへ

一九六〇年代の米国は一番輝いていて、テレビのホームドラマを通してその生活の一端を垣間見ていた私には憧れの国であった。しかし実際に生活してみると、自由と正義の国とはいいながら、相当の人種差別や格差を内包していた。

 

中南米はブラジルを除いてスペイン語圏であるように、十六世紀から十八世紀にかけてスペイン帝国の植民地であった。そのため、ハプスブルク家の強大さとスペイン語の重要性を実感した。

 

また、マヤ、アステカ、インカなどの古代文明の地でもあったことから、これらの古代文明を訪ねるのが旅の目的の一つであったが、最終的には二月のリオのカーニバルを目指した。しかし、そのためにエクアドルのガラパゴス諸島をスキップしたことは今でも悔やまれる。

 

約二年間の地球旅行のはじめとして、八月五日にここロスアンジェルスに来て以来約三ヶ月間、昼間はダウンタウンの小東京にある日本人経営のお菓子屋さん、その後夕方の英語学校(無料で、中南米の若者が多いが、東南アジアの若者もいる。やはり米国は移民の国なのかこのような施設が充実している)での授業をはさんで、夜は韓国レストランで皿洗いをして稼いだ金で、いよいよ中米・南米旅行に出発。

 

この旅は元の会社を共に退職した先輩のEさんと一緒に始めたもので、中南米旅行も二人である。ロスアンジェルスからグレイハウンドのバスでメキシコとの国境の町サン・イシドロ(San Ysidro)へ。そして歩いてメキシコ側の国境の町ティファナへ。どの国でもそうだが、入国は厳しいチェックがあるが、出国はほとんどフリーパス。しかし、米国からメキシコのここティファナでの入国は、米国からの観光客が相当数あるためか、それとも両国の経済力の格差がきわめて大きいためか、メキシコへの入国手続きはほとんどノーチェックで終わる。

 

一般的に経済力の大きい国から弱い国への入国は簡単だが、その逆はきわめて厳しい入国チェックを受ける。それに加えてここでは、メキシコの税関職員がこちらが日本人だとわかると、「日本から持ってきた私(税関職員)へのみやげ物はないのか?」とたずねてきたので、「ない」と答えるとさらに「なぜだ?」といわれたのには思わず苦笑してしまった。税関職員という国家公務員がこんなに堂々と袖の下を要求するとはなんとも天晴れな国である。

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本記事は、2021年9月刊行の書籍『国境 ―寄り道人生のすすめ―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。最新の法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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