被害者側に「損害回避・損害減少措置」を求める考え方
加害者から不法行為(民法709条)を受けた場合、被害者側も「損害回避、または損害を減少する措置をとるべき」というのが、社会通念上、合理的な行為として期待されます(損害回避義務又は損害軽減義務)。いままでの判例でも、これらを認めたものがいくつか存在しますが、これらの義務は、どのような場面で、どのように課されるものなのでしょうか。
●交通事故による車両の損傷で、修理の可否を確認せずに損害賠償請求した例
交通事故で車両が損傷し、車両を買い替えた際、修理不能な状態だったか否かを確定せずに、買い替えに必要な費用(新しい自動車の購入費用と、被害を受けた自動車の売却費用の差額等)を損害として認めた事案があったのですが、こちらについて、審理不尽等の違法があると判示した判例(最高裁 昭和49年6月15日判決)があり、その調査官解説111頁は、
としています。
●店舗の賃借人が修繕を怠り、賃貸人が営業できず損害を被ったとした例
また「最高裁 平成21年1月19日判決」は、店舗の賃借人が賃貸人の修繕義務の不履行により、同店舗部分で営業することができず、営業利益相当の損害を被った事案では、
と判示しました。
なお上記2つの判例では、被害者側が、どのような措置を講じるべきかを検討する時間的猶予が十分にありました。このような場合、「合理的な行動をとって、むやみに被害を拡大させない」ことを被害者自身に求めるのは、不合理ではないと考えられます。
損害への対処を検討する「時間的猶予」がない場合は…
しかし、被害者に検討を行う十分な時間的な余裕がない場合は、一定の配慮がされなければなりません。
●寝たばこによるマンション火災で、慌てて逃げた人が誤って転落・死亡した例
例えば、Aの寝たばこによってマンションに火災が発生し、慌ててベランダから逃げようとしたBが転落して死亡したという事案において、
「自己の住居が火災に遭うということは、何人も、めったに経験しないことであるから、このように現実に生命や財産に対する重大な危機に直面した場合に、常に冷静な行動をとることを期待することは酷である…(Bの行動は)それが冷静さを欠いたものであることは疑いないが、火災の場合には、時に見られるものであり、極めて例外的な突飛な行動であると評価すべきではない。」
として、火災とBの転落死による相当因果関係を認めた裁判例(東京地裁 平成2年10月29日判決。ただし、Bの行動は明らかに冷静さを欠いていたとして、4割の過失相殺を認めている)があります。
火災のような極限的な状態でなくても、被害者が十分な検討の時間がないまま判断を迫られた場合、事後的に見れば合理的な判断・選択ではなかったとしても、当時の状況から見て例外的かつ突飛な判断でなければ、相当の因果関係が認められる事案もあると考えられます。ただし、公平の観点から、最終的には過失相殺で調整が図られるものと思われます。
加害者からの不法行為が「故意」によるものだった場合
さらに、あくまで私見ですが、加害者からの不法行為が故意によるものだった場合、被害者に求められる合理的な行動の水準は、過失による不法行為に比べて低くてよいものと考えます。なぜなら、損害賠償制度の根底には公平の観念が存在し、故意の不法行為において被害者の合理的な行動を求めて相当因果関係の範囲を限定するのは、妥当とはいえないからです。
清水兼男「損害賠償の範囲についての一考察-民法四一六条の解釈をめぐって-」大阪学院大学 法学研究 一巻一・二号、四頁
と思われますし、
水野謙「因果関係概念の意義と限界」342頁
として、相当因果関係を肯定することが考えられます。
山口 明
日本橋中央法律事務所
弁護士
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