「被害者にも、損害を回避する義務があるはずだ」…この理屈が通用する範囲とは【弁護士が解説】

「被害者にも、損害を回避する義務があるはずだ」…この理屈が通用する範囲とは【弁護士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

被害者が、加害者から「なんらかの不法行為」を受けた場合、被害者側も損害を回避、あるいは最小限に留めるように策を講じるべき…というのが社会通念上の考え方だといえます。しかし、不法行為の種類によっては、被害者側に回避策を求めるのがあまりに非情だといえるケースもあるのです。日本橋中央法律事務所の山口明弁護士が平易に解説します。

被害者側に「損害回避・損害減少措置」を求める考え方

加害者から不法行為(民法709条)を受けた場合、被害者側も「損害回避、または損害を減少する措置をとるべき」というのが、社会通念上、合理的な行為として期待されます(損害回避義務又は損害軽減義務)。いままでの判例でも、これらを認めたものがいくつか存在しますが、これらの義務は、どのような場面で、どのように課されるものなのでしょうか。

 

●交通事故による車両の損傷で、修理の可否を確認せずに損害賠償請求した例

 

交通事故で車両が損傷し、車両を買い替えた際、修理不能な状態だったか否かを確定せずに、買い替えに必要な費用(新しい自動車の購入費用と、被害を受けた自動車の売却費用の差額等)を損害として認めた事案があったのですが、こちらについて、審理不尽等の違法があると判示した判例(最高裁 昭和49年6月15日判決)があり、その調査官解説111頁は、

 

「不法行為によってであっても加害者と被害者が債権者、債務者との関係に立った以上、信義誠実の原則の適用があり、この原則が適用される結果、債権者たる被害者は、加害者に対し被害又は損害を最小ならしめる義務を負うものといえる。そして、被害者は、車の損傷につき、有責の加害者が存在しない場合に、その損傷に対処すると同様な合理的打算的な処置をとるべきである。」

 

としています。

 

●店舗の賃借人が修繕を怠り、賃貸人が営業できず損害を被ったとした例

 

また「最高裁 平成21年1月19日判決」は、店舗の賃借人が賃貸人の修繕義務の不履行により、同店舗部分で営業することができず、営業利益相当の損害を被った事案では、

 

「その損害の全てについて賠償を(賃貸人ら)に請求することは、条理上認められないというべきであり、民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上、本件において、(賃借人)が上記措置を採ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を(賃貸人ら)に請求することはできないというべきである。」

 

と判示しました。

 

なお上記2つの判例では、被害者側が、どのような措置を講じるべきかを検討する時間的猶予が十分にありました。このような場合、「合理的な行動をとって、むやみに被害を拡大させない」ことを被害者自身に求めるのは、不合理ではないと考えられます。

損害への対処を検討する「時間的猶予」がない場合は…

しかし、被害者に検討を行う十分な時間的な余裕がない場合は、一定の配慮がされなければなりません。

 

●寝たばこによるマンション火災で、慌てて逃げた人が誤って転落・死亡した例

 

例えば、Aの寝たばこによってマンションに火災が発生し、慌ててベランダから逃げようとしたBが転落して死亡したという事案において、

 

「自己の住居が火災に遭うということは、何人も、めったに経験しないことであるから、このように現実に生命や財産に対する重大な危機に直面した場合に、常に冷静な行動をとることを期待することは酷である…(Bの行動は)それが冷静さを欠いたものであることは疑いないが、火災の場合には、時に見られるものであり、極めて例外的な突飛な行動であると評価すべきではない。」

 

として、火災とBの転落死による相当因果関係を認めた裁判例(東京地裁 平成2年10月29日判決。ただし、Bの行動は明らかに冷静さを欠いていたとして、4割の過失相殺を認めている)があります。

 

火災のような極限的な状態でなくても、被害者が十分な検討の時間がないまま判断を迫られた場合、事後的に見れば合理的な判断・選択ではなかったとしても、当時の状況から見て例外的かつ突飛な判断でなければ、相当の因果関係が認められる事案もあると考えられます。ただし、公平の観点から、最終的には過失相殺で調整が図られるものと思われます。

加害者からの不法行為が「故意」によるものだった場合

さらに、あくまで私見ですが、加害者からの不法行為が故意によるものだった場合、被害者に求められる合理的な行動の水準は、過失による不法行為に比べて低くてよいものと考えます。なぜなら、損害賠償制度の根底には公平の観念が存在し、故意の不法行為において被害者の合理的な行動を求めて相当因果関係の範囲を限定するのは、妥当とはいえないからです。

 

「故意の場合には、一定の結果の発生すべきことを知りながら、あえてある行為をするというのであるから、つねに結果の発生を予見しているわけであり、この場合には、それによって発生した特別事情による損害を予見していたことが多いだろう。」

 

清水兼男「損害賠償の範囲についての一考察-民法四一六条の解釈をめぐって-」大阪学院大学 法学研究 一巻一・二号、四頁

 

と思われますし、

 

「人間相互の交渉事例で、YとAとの間に、あらかじめ何らかの社会的なつながりがあった場合は…には、YA間の社会的なつながりゆえに、Aが損害をもたらす危険性をYはあらかじめ予見できることが多い。従って、Xの損害を予見可能であったことを責任の要件に据えることは許されてよいと考える。」

 

水野謙「因果関係概念の意義と限界」342頁

 

として、相当因果関係を肯定することが考えられます。

 

 

山口 明
日本橋中央法律事務所
弁護士

 

 

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※本記事は、日本橋中央法律事務所の「note」より転載・再編集したものです。

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