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「死にたい願望」に囚われる少女
死にたいと紙に書いて持ってくる17歳の少女がいる。両親は一流の大学を出ているという。高校は難しい進学校に合格したが、入ってすぐ学業についていけなくなったのか、遅刻が増え、登校しても教室にいかない「保健室登校」となった。ある日保健室で死にたいと書いた紙を教員に渡したため学校中が大騒動に陥った。
彼女のクラスは4階にある。飛び降りたりしないよう、担任以外に一人の教師を彼女の見張りにつけた。しかし、いつまでも見張っているわけにもいかず、医療機関にとなって私のところに来た。
死んではならないと言うのは簡単であるが、彼女にとってそれを言われることは、お前はダメなやつだとレッテルを貼られるのと同じ屈辱であるという。彼女のプライドはそれほどまでに高く、有名大学に入ることしか頭にないようだ。
その望みを達成できそうにないと悲観したため死を選ぼうとしたのではないか。人生には無限の可能性があるもので、決して難関大学に入るだけが人生ではない、といった説得はこの場合あまり効果がない。
死にたい願望を持つ若者は肥大化したプライドを持っていることが多いが、実際には持たされているというのが正しい。由来は親や学校、メディアからである。高すぎるプライドは自らの進むべき道の選択肢を極度に狭めてしまう。なぜもっと柔軟に考えられないのだろうか。
記憶には、体験を伴わない書物や教育、メディアを通じて得られる「陳述記憶」と体験(必ず身体運動を伴う)に基づく「手続き記憶」とに大きく分かれる。このうち陳述記憶には、あまりにしっかり埋め込まれると新しい知識をはねつけるという厄介な性質がある。学業やネット情報などリアルな体験に基づかない知識で脳内が凝り固まると、新しい情報を受け付けず、本人に自覚のないまま肥大化して、現実離れした考えを起こしやすくなる。
最近、自殺は全年齢では減少しているが、2017年の厚生労働省の統計によれば小中高生の自殺率は増加している。いじめが直接の原因とされるのは全体の2パーセント程度であり、自殺率の増加にいじめが関係しているわけでもなさそうだ。むしろ最近の子供たちの運動能力の低下と相関しているのではないかと思えるのである。
子供たちに重度の近視が増えているのは外で遊ぶ機会が減ったせいだと眼科医は言うが、希死念慮の増加もまた、太陽の下で身体を動かして遊ぶことが減ったせいであると私は考える。生身の体験によってしか凝り固まった知識をほぐすことはできない。
しかし、死にたいと訴える患者のほとんどは農業のようなアウトドアでのこまめな運動を好まない傾向がある。
多くの精神の病は、他の生き物より余分な脳を持ったがため脳と身体が乖離を起こすことによって発生する。それは身体体験による裏付けのない非現実的な考えに囚われやすくなるということでもある。
1日10時間もゲームばかりやっている少年が、日本の馬がフランスの凱旋門賞で1着になったら死んでもいいと真顔で言った。日本の馬が勝とうが負けようが、君の人生に関係ないだろうと言うと、それでも構わないと答える。
こういう唐突な結びつけも、脳と身体の乖離がもたらしたものであろう。乖離はしばしば不安をもたらし、容易に死の衝動にも結びつく。自然と一体となった運動こそが、その乖離を解消しうるはずである。
遠山 高史
精神臨床医
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