写真提供:BATTIRI DESIGN G.K.

人々の健康維持と住宅の断熱性・気密性には、密接な関係があることがわかってきました。住まいるサポート株式会社代表取締役・高橋彰氏が、この分野の第一人者、近畿大学建築学部長の岩前篤教授にインタビューします。

新たな断熱等級の設定こそ、これからの課題

高橋:そもそも先生は、どのような経緯でこのような調査に取り組まれたのでしょうか?

 

岩前:2004年から2006年頃、大学で住まいと健康の関係性についての研究を始めかけていた私は、いろんな住宅供給関係者の方々に話を伺い、住まい手の変化に関する話題を集めていました。すると、次世代省エネ基準レベル(現在の一般的な分譲住宅・注文住宅の断熱性能レベル)までと、それより高い断熱性能の住まいで、語られる話に異なる傾向があることに気づきました。

 

前者では、いわゆる、暖かくなって気持ちが良くなった、といった快適に関するコメントが多く、後者でもこれらのコメント同じですが、さらに、風邪をひかなくなった、花粉症が発症しなくなった、アトピー性皮膚炎が緩和した、といった健康改善に関するコメントが加わってきたのです。

 

数に限りのあるヒアリング調査では、事象の特徴的な部分がみえてきますが、全体像を浮かび上がらせるのは困難ですから、なんとか数を多くする方法はないものか、数年に亘って試行錯誤したなかで調査手法を確立し、規模を拡大したのが上述の調査結果です。

 

高橋:先生は、次世代省エネ基準ともよばれる住宅の省エネ性能の基準である平成11年基準の策定に携われたそうですね。

 

岩前:1995年の建築学会のシンポジウムで当時勤務していた住宅会社の研究所で行っていた床下の湿度実測を報告しました。それを聞いていた方から、次世代省エネ基準の策定を検討していたWGメンバーにご紹介いただき、基礎断熱の評価で参画したことが、大学への転職を含め、その後の人生に大きな影響となりました。

 

その当時の作業は1999年の次世代省エネ基準に無事に反映されましたが、そこから新たな目標が生まれました。次世代基準は99年当時、欧米諸国の様子も見ながら検討されました。

 

ただ、その目標がその後20年以上、続くことになるとは予想していませんでした。それまではおよそ10年ごとに見直されていたので、2010年くらいにまた、次のレベルの基準が目標に設定されると勝手に思い込んでいたのです。

 

21世紀になり、欧米は給湯機器の効率なども組み込んだ一次省エネ評価を採り入れ、日本もそれに倣って2009年に、いわゆる事業主基準を制定し、断熱以外の機械による省エネ手法を広く採用しました。それにより従来の住宅省エネの基本的な考え方に大きな変化が生まれた結果、住宅の断熱性能に対する目標は手をつけられないままに推移したのではないでしょうか。

 

高橋:確かに欧州などでは、3~5年ごとに基準を改定して、住宅・建築物に要求される省エネ性能や断熱性能がどんどん厳しくなっているようですね。それに比べて、平成11年基準という23年も前の基準レベルがいまもほとんど変わっていないというのは、他の先進国に比べて、取り組みがかなり遅れていますね。

 

岩前:その通りだと思います。ただ、昨年、私達の20年来の目標が思いがけず実現することになりました。この20年間、平成11年基準が最高等級の断熱性能等級4であり続けたのですが、その上に、等級5が追加され、さらに等級6・7も設定されることになったのです。

 

先進国といわれるなかで、住宅の断熱性能は20数年前と変わらない、断熱後進国が一気にその姿を変えつつあるということに感動しました。単に目標の提示だけで、強制的な部分は一切ありませんが、一般の方々に上位目標があることを知っていただくことは非常に大きな高断熱化の普及促進につながると確信しております。

 

ついでながら、私も直接的に関与しているHEAT20という団体が5、6年前から提案していたG1・G2・G3という断熱性能の目標設定が、ほぼそのまま住宅性能表示制度の住宅断熱等級5・6・7に取り上げられたことも個人的な喜びの一つです。

 

[図表2]

 

残念ながら、住宅の健康性能は医療専門家の間では未だ正式に認知されていません。WHOの2018年11月の報告書で、健康の観点で屋内の温度は18℃以上にすべし、と書かれていても厚生労働省は一切無視を続けています。徐々に理解者は増えてきていますが、医学の発展に多忙な方々が、住宅の断熱性を新たに学ぶというのも困難でしょう。

 

高橋:最後に、これから住まいづくりをお考えの方々になにかメッセージはございますか?

 

岩前:繰り返しになりますが、住宅断熱等級5、6、7が新たに設けられることは、一般の方々に等級4より高い住宅断熱性の存在を認知していただくことは非常に重要だと思います。

 

これまでは、住宅の省エネ性能に特に関心の高い一部の住宅会社、工務店の方々がその建設に携わってこられました。皆さん、高断熱化に伴う高気密化と計画換気の導入もしっかり勉強し、実践されていることがほとんどです。ただ、残念なことにそのような住宅事業者は、まだごく一部であるのが現状です。

 

新たな断熱等級が設けられることは、そういった住宅事業者がこれから増えていくことの契機にもなると思いますし、一般の方々が住まいづくりの際に断熱性能の重要性を意識することになることを期待しています。

 

高橋:本日は、ありがとうございました。

 

 

高橋 彰

住まいるサポート株式会社 代表取締役


 

 

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