(※画像はイメージです/PIXTA)

ある精神科医は診察室のドアを開け、患者に診察の順番がきたことを伝えています。時には患者のところに出向いて診察室まで促すといいます。マイクを使って呼びつけず、直接、待合室を眺めての声掛け。いったい何をしているのでしょうか。精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』で解説します。

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生きた情報はリアルな関係の中で生まれる

私は患者を呼ぶ際にマイクを使わない。診察室のドアを開け直接、声掛けをする。時にはこちらから患者のところに出向いて診察室まで促す。

 

治療者の側から出向くやり方は高い治療費で自費診療などを行う欧米では珍しくないようだが、多数の患者を診るわが国の保険診療では一般的ではない。ただ、私はずいぶん前から椅子から立ち上がってドアを開け、患者に診察の順番が来たことを告げている。

 

マイクで呼ばずに直接待合を打ち眺め、診察の順番が来たことを伝えるのは、患者に対して敬意を表すことが主たる目的ではない。治療上の情報を先に得ることが重要であるからだ。例えば、待合のどこに座るか、端のほうか最前列か、あるいは立っているかで患者の気分を予測できる。

 

一人で来たか、夫と来たか、親と来たか、などでも家族の状況にある程度の予測ができる。再来の場合なら、座る位置の違いでも状態の変化が予測できる。

 

無論、診察室でしっかり問診すればわかるという考えもある。しかし、診察の前に患者の状態を少しでも把握しておくことで、こちらの思いや表情も患者の気持ちに合わせやすくなる。ニコッと笑って診察を開始するべきか、少し厳しい顔をして開始するべきかも事前に思料できる。病状に合わせた対応は、治療上の情報獲得にも役立つものである。

 

精神医療において患者の情報は、検査データのような客観性を装ったものではなく、患者との関係の中に生まれるものであり、その関係次第で情報の中身は全く異なるものになる。患者が診察室に入り、対面して初めて状態を知るのでは、関係の構築においてすでに後手に回っていると私は考える。それどころか最低限必要な情報を得るのにもより多くの時間を要することになる。

 

以前、ある病院の建設に携わった時に、外来の診察室にマイクの設置は不要と言ったが、必要とする意見が多く、結局設置された。もちろん私は使わなかったが、同僚医師にマイク設置に反対する理由を説明しても同意は得られなかった。

 

その同僚医師と私はある地震災害の医療救援隊として、相前後して現地に赴いたことがある。彼は救護所本部でじっと動かず、隊員がもたらす情報から被災地の細かい地図を作成し、支援本部に送っていた。

 

一方、私は現地に着くと直ちに被災地を直接まわり、情報収集や支援を行ったが、緻密な報告書を作る余裕がなく支援本部から注意を受けた。

 

それでも現実的な支援では私のほうが優れていたと思っている。当時はまだエコノミークラス症候群があまり知られていなかったが、被災者が運動不足に陥っているのが明白であったため、避難所でのラジオ体操を指示したものである。

 

情報過多の今日、その都度最適な情報をパソコンやスマホから得るのは至難の業である。記録され流された情報は客観性を帯び、電子媒体によって広がればフェイクでさえ真実味を帯びる。しかし、真の生きた情報とは、人と人とのリアルな関係の中で瞬間、瞬間に生じ、流動的なものである。それゆえ自ら働きかけることでより豊かに得られるものでもある。

 

ところで、外来診療をする医師の陥りやすい病は腰痛と痔である。座ったまま腰から下の筋肉をあまり動かさないからである。幸い私にその悩みはない。なぜなら、患者を呼び出すため1日100回以上、立ち上がるというスクワットと同じ運動を40年してきたからである。

 

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※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

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