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コロナ禍、認知症を取り巻く環境が急激に悪化
■自粛生活で「認知症ケア」を受ける機会が減少
2020年春、またたく間に全世界へ広がった新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)。日本でも数度の緊急事態宣言が発令され、イベントや集会の自粛など、事業も個人の生活も厳しい制限を余儀なくされました。
認知症ケアの分野も例外ではなく、通所リハビリ(デイケア)やデイサービスの休止や地域で行われる健康教室などの市民参加型のイベントも中止や延期、内容の見直しが相次ぎました。
さらに、施設に入所している認知症患者とその家族との面会や、ヘルパーの介助にも制限が課せられ、心身ともに十分なケアが行き届きにくい状況になったのは、誰の目から見ても明らかです。
在宅の認知症患者も、家族から外出を止められるなどして生活のリズムが乱れるとともに、人とのコミュニケーションの機会も激減し、社会とのつながりが希薄化したまま、長期間家の中だけで過ごす人が増えました。
このような状況は、認知症患者だけにとどまらず、高齢者の多くに当てはまることではないかと思われます。たとえ健康であっても、感染リスクを警戒し外へ出ない、あるいは家族から外へ出ないよう言われることで、活動の機会を奪われた高齢者は大勢いるかと思います。
ご承知のとおり、新型コロナは高齢者での重症化リスクが高く、施設でのクラスターも相次いだことから、これらはやむを得ない対策であったといえます。しかし一方で、認知症ケアを受ける機会が失われることにより、認知症患者にとって症状悪化を招く大きな要因となっています。そのことが多くの認知症診療に携わる医療関係者から懸念されています。
■自粛生活2ヵ月目にして「認知症患者の症状悪化が認められた」という報告
事実、新型コロナで施設でのリハビリや介護に制限が生じた間に、認知症患者の症状悪化が顕著になったとする調査報告が複数出されています。
日本認知症学会は、新型コロナの流行による認知症の医療や介護等のさまざまな面での影響についての把握を目的とし、認知症学会専門医を対象に2020年5月にアンケート調査を実施しています。
それによると認知症患者の症状悪化について、「多く認める」とした回答が8%、「少数認める」が32%で、「認めない」は23%でした。悪化した症状を具体的に挙げると、主なものは認知機能(47%)、BPSD(46%)、合併症(34%)でした。
新型コロナの感染拡大によりさまざまな制約が生じ始めてからまだ2ヵ月程度しか経過していない時期のアンケート調査であるにもかかわらず、かなりの数の認知症専門医が症状の悪化を認めていることは驚きに値します。
たとえ短い期間であっても認知症患者にとって環境が変化したりケアの場や社会参加の場がなくなったりすると、症状は目に見えて進んでしまうことをこの調査結果は物語っています。
具体的な症状悪化の事例としては、「うつ症状を呈する人が増加した」「施設での家族による面会が中止となったことで、言動が不安定になった」「デイケアやデイサービスでの活動がなくなるなど活動量が減り、ADLが低下した」「意欲や発動性(自分から何かを始めようとする能力)が低下した」ことなどが挙げられています。
大きく分けるとするならば、筋力低下を背景にした運動能力の低下と、認知症の中核症状である記憶や思考などの認知機能の低下、そしてうつ症状も含めた意欲の低下が顕著にみられたということになります。そしてこれらは一人の認知症患者に対しどれか一つだけということではなく、互いに影響を及ぼし合いながらすべての面において低下がみられるものと考えられます。
また、日本老年医学会と広島大学公衆衛生学講座が共同で行ったオンライン調査の結果も発表されています。この調査は高齢者医療・介護施設および介護支援専門員を対象とし、新型コロナ感染拡大中の2020年2月から6月、高齢者医療・介護施設に入院もしくは入所中の認知症患者や在宅で介護保険の居宅サービスを利用している認知症患者や家族にどのような影響がみられたのか、またそれに対してどのような取り組みが行われたのかを回答いただいたものです。
入所系医療・介護施設945施設および介護支援専門員751人からの回答が得られ、うち38.5%の入所系医療・介護施設、38.1%の介護支援専門員が、介護サービスの制限などにより「認知症患者に影響が生じた」としており、特に在宅者では半数以上が「認知機能の低下、身体活動量の低下等の影響がみられた」との結果になりました。
認知症は外部からの刺激が乏しくなると悪化しやすくなることはよく知られています。これらの調査においても、感染予防のための日常生活の制限で状態が悪化するのではないかといった考察がなされ、認知症の進行予防にプラスとされる外出や人との交流が制限され、認知機能が悪化しているとの見方がなされています。
実際に先の2つの調査でも、フリーアンサーには「外出制限や、家族と会えないことにより不隠となることが多い。さらに社会活動も制限され認知障害が悪化している印象がある」「感染リスクへの恐れからデイサービスの利用を控えたり一時的に住まいを変えたりした方の場合、認知症の人の意欲・発動性の低下、混乱、筋力低下などの問題がみられる」といった声が寄せられています。
施設等のアウトリーチにも大きな制限が発生
またコロナ禍では、施設等のいわゆるアウトリーチ(初期集中支援チーム、地域包括支援センター総合相談支援による訪問、往診・訪問診療等)にも大きな制限が生じていることが調査で明らかになっています。
日本認知症学会の調査では、アウトリーチについてはほぼすべての回答が「新規対応のみ抑制」「全般的に抑制」「中止」のいずれかという結果になっています。
連携に関しては「他施設とのスタッフ往来を抑制している」が53%、普及・啓発活動への協力は「困難・不可能」が41%、「物理的には可能であっても躊躇する」が24%との結果でした。
医療機関への認知症患者の受診頻度についても、「著しく減少している」が22%、「やや減少している」が60%、「変わらない」が7%と、受診機会の減少が認められました。
介護サービス利用全般については「著しく減少している」が16%、「やや減少している」が48%、「変わらない」が7%と、受診と同様に介護サービス利用の減少が認められました。訪問系サービスの「減少あり」が50%だったのに対して、通所系サービスの「減少あり」は69%でした。
認知症カフェや家族会などインフォーマルサービス利用については、専門医の得ている情報として「著しく/やや減少している」が46%、一方「変わらない/どちらともいえない」が3%と、自粛要請下でのインフォーマルサービス継続の困難さが認められました。
日本老年医学会と広島大学公衆衛生学講座の共同調査では、入所系医療・介護施設の32.5%が運営状況に大きな変化があったと回答しており、さらにほぼすべての施設が入所者の日常的な活動に制限が生じたと回答しています。
通所ならびに訪問のリハビリやサービスに関しては、介護支援専門員の71.5%が介護サービス事業所の運営状況に大きな変化があったと回答しており、78.7%の人が認知症の人が少なくとも一部のサービスが受けられなくなった、受けなくなったと回答しています。
コロナ禍により施設が行わざるを得なかった対応の具体例としては次のような事柄が挙げられます。
●風邪症状や発熱者の利用を断る
●密を避けるため、1回の送迎人数や施設利用人数を減らす
●介護度が高い人の施設利用を優先し、週に3回を2回にするなど、利用回数を減らす
●カラオケや口腔体操を中止する
●体験利用や見学を中止する
●新規の受け入れを中止する
●ショートステイ受け入れを中止する
コロナ禍で人の交流がままならない環境は、今いる認知症患者の症状悪化だけでなくMCIから認知症への移行など、新たな認知症の発症リスクも高めると考えられます。実際に、地域で運営している認知症カフェやサロンのような活動が中止に追い込まれたといったことは全国で起こっています。また、民生委員の個別宅訪問が行われないことで認知症の早期発見ができないといった声も聞かれています。
高齢者は家族から「コロナ感染が怖いから、外へ出ないように」と言われれば、迷惑を掛けたくない一心で、その言いつけを厳格に守ろうとするものです。そうすると、身体を動かしたり人と話したりする機会が極端に減り何かに取り組もうとする活力や意欲も低下してしまいます。その結果、認知症の発症リスクを高めてしまうことになりかねません。
旭俊臣
旭神経内科リハビリテーション病院 院長
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