遺伝情報を宿主の遺伝子に組み込むHIV
HIVのウイルスは球形をしていて、外側に脂質二重膜のエンベロープをまとい、表面から突き出た糖タンパク質のスパイクで感染細胞のレセプターに結合します。内部にはRNA(1本鎖RNA)が2本、まったく同じものが入っています。
そしてRNAの鎖には、HIVの最大の特徴である逆転写酵素がくっついています。逆転写酵素とは、RNAを鋳型にしてDNAを合成(逆転写)する酵素です。通常はDNAからRNAが合成(転写)されますが、その逆向きの合成なので逆転写と呼ばれます。
逆転写されたウイルスのDNAは細胞の核の中に入り、HIVが持つインテグラーゼという酵素を使って細胞のDNAを切断し、その切れ間に組み込まれます。つまり、HIVは自分の遺伝情報を宿主の遺伝子の中に組み込んでしまうのです。組み込まれたDNAは、mRNAを介してウイルスのタンパク質を作ります。
しかしこのタンパク質は大きすぎて、そのままではHIVのウイルス粒子を組み立てられません。そこで、これまたHIVに特有のプロテアーゼという酵素でタンパク質を細かな部品に分解し、ウイルス粒子を組み立てるのです。
抗HIV薬はこうした逆転写酵素やインテグラーゼ、プロテアーゼなどの酵素の働きを阻害するしくみになっています。なお、HIVの遺伝子は非常に変異が早いため(ウイルスのRNAからDNAを逆転写する時にコピーミスが多い)、ワクチンの製造が困難を極めています。
HIVのおもな感染経路とは?
HIVのおもな感染経路には、性交渉(異性間や男性同性間)、母子感染(胎盤や産道、母乳を通して)、血液感染(輸血や臓器移植、注射器や注射針の共用による麻薬の回し打ち、医療現場での針刺し事故など)があります。
血液や体液を介しての接触がない限り、日常生活ではHIVに感染する可能性は限りなくゼロに近いといえます。また、唾液や涙などの分泌液中に含まれるウイルス量は非常に微量で、お風呂やタオルの共用で感染した事例は報告されていません。
1980年代、病気の治療に使う血液製剤(人間の血液を原料として製造される医薬品)によってHIVに感染する被害が世界的に多発しました。
日本でも血友病(血液中の血を固めるタンパク質の一部が欠乏、またはうまく働かないために止血異常を来す病気)患者に対して、加熱処理によるウイルスの不活性化を行わなかった血液凝固因子製剤(非加熱製剤)を使用したことで、2000人近くのHIV感染者及びエイズ患者が出る「薬害エイズ事件」が発生し、大きな社会問題となりました。
HIVはもともと、アフリカのチンパンジーが持っていたサル免疫不全ウイルス(SIV)が人間に感染したものが起源と考えられています。さらに遡ると、SIVは2種類の小型のサルが持っていたもので、サルを食べたチンパンジーの体内でウイルスが混ざったのは数百年前と極めて最近のことだとされています。さらにチンパンジーは性的に乱交型であるため、性行為を通してチンパンジーの間でSIVが広がり、そうしたチンパンジーを狩猟して食べたアフリカ中部の人たちが感染したのは20世紀初め(1920年頃)だったと推定されています。
川口 寧
東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター長
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