「建設では食べていけない」と廃業する職人多数…伝統的な建築技術を後世に残す方法はあるのか

「建設では食べていけない」と廃業する職人多数…伝統的な建築技術を後世に残す方法はあるのか

日本では、古代から木造建築がおこなわれており、時代とともにさまざまな木造建築に関する技術が発展してきました。その結果、現在では17の技術がユネスコの無形文化遺産に登録されています。しかし、この日本の宝ともいうべき技術は、後継者不足により失われてしまう可能性が高まっています。本記事では、歴史的建築物の再生・活用を中心に活躍する一級建築士の鈴木勇人氏が、「伝統建築工匠の技」の後継者不足の背景にあるものは何か、また、後継者不足を解決する方法はあるのか、解説していきます。

10年足らずで4割近くの「い草生産農家」が減少

伝統技術には畳製作も含まれていました。この畳の生産も年々減少の一途をたどっています。

 

農林水産省が令和2(2020)年に発表した報告資料「いぐさ(畳表)をめぐる事情」によると、令和元(2019)年における国産の畳表の生産枚数は250万枚と記されていて、四半世紀前の平成8(1996)年には2694万枚だったので10分の1以上の減少です。

 

畳の原料となるのは「い草」で、国内においては9割以上を熊本県産が占めています。令和元(2019)年のい草生産農家は399戸。その9年前の平成22(2010)年は679戸でした。10年足らずで4割近くのい草生産農家が減ったことになります。畳の原料の生産者がそれだけ減っているわけですから、畳製作の職人の仕事も激減していることになります。

 

かつて日本の家屋は間取りのほとんどを和室が占めていました。しかし日本人のライフスタイルの変化によって、今では和室のない家屋、あっても一部屋程度というケースが主流になっています。むしろ和室がある家屋のほうが珍しいといっていいほどです。これでは畳職人として生活していくことが難しくなるのは当然のことになります。

需要がなければ、技術の衰退・消失を招くことになる

畳に限ったことではありませんが、需要がなければ供給の機会が減り、それは技術の衰退や消失を招いてしまうことになります。

 

私自身が経験したケースでいえば、福島市写真美術館の再生を手がけたとき、漆喰壁をつくることのできる左官職人がいないことに戸惑ったことがあります。

 

現在、家屋の壁の主流を占めているのは、外壁がサイディング、内壁がクロス(壁材)です。漆喰壁を採用する家はほとんど見られません。また、現在の左官職人の仕事の多くはモルタルやセメントを使った作業となります。そのため漆喰の技術を活かす機会がなく、それを受け継ぐ若い職人の数も減っていたのでした。

 

「左官」という職種は残っていても、昔から受け継がれてきた技術は失われているということもあるのです。

「こだわりの住まいを建てたい」という人は少数派

また、鉋や鋸、鑿(のみ)を使わない(使えない)大工も少なくありません。かつてのように自ら木材を加工するまでもなく、プレカットされた建材を使うケースがほとんどだからです。つまり技術を活かす機会がないわけです。

 

こうした状況に歯止めをかけるには、古来より受け継がれてきた技術を発揮できる現場を増やす以外にありません。少なくとも絶やさないようにすることが必要です。新築や改築など一般住宅の現場でそうした機会をつくっていく「注文住宅」も一つの方法です。

 

ただし、それにはコストがかかります。私の顧客にもこだわりの住まいを建てたいという方たちがいますが、やはり少数派といわざるを得ません。それでも、自身の思いを隅々まで反映した家に暮らすことは深い満足感をもたらしてくれます。

 

また、新築ではなくとも、リノベーションによって職人たちに技術を発揮してもらうこともできるはずです。「質より量」から「量より質」へと住まいへの意識が変わっていくなかで、そうした機会がますます増えていってほしいと思います。

歴史的建築物はそれ自体が「技術の語り部」である

その一方で、歴史的建築物を残していくことに力を入れていくことも技術を絶やさない有効な手段です。歴史的建築物は、さまざまな伝統的建築技術のかたまりなので、その再生を手がけること自体が「勉強」になります。

 

私が何度も歴史的建築物の再生プロジェクトでご一緒している宮大工の方も現場を経験するたびに「勉強になります。昔の職人は本当に凄い。毎回感動させられます」と口癖のように言っています。なぜ、その素材を選んだのかといったことから繊細な匠の技の冴えが建物を通して伝わってくるためです。

 

このように、歴史的建築物はそれ自体が日本の建築文化の高さを示すものであると同時に、古来より伝わってきた技術の語り部でもあるわけです。地域のアイデンティティの象徴として存在感を示し、交流の拠点や賑わいを生み出す場として機能するのは当然のことといえます。

 

 

だからこそ、失うわけにはいきません。

 

 

鈴木 勇人

ボーダレス総合計画事務所 代表取締役

 

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