(※写真はイメージです/PIXTA)

1950年代からの分子生物学の発展により、それまでの医学の常識が大きく変わりました。同時に、単純なカロリー計算や栄養バランスを重視した従来の栄養学も見直されるようになり、身体の機能が正常に働くためには何が必要かということが分かってきました。今回は、分子栄養学だけでは足りない部分を補い発展させる形で提唱された「機能性医学」について見ていきましょう。※本連載は、小西統合医療内科院長・小西康弘医師による書下ろしです。

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これまで「栄養学」は医学に比べて軽視されてきたが…

分子生物学の発展により、単なるカロリー制限やバランスよく栄養素を摂るという従来の栄養学が見直されるようになり、身体の機能が正常に働くためには何が必要かということが分かってきました。

 

身体が正常に機能するには、身体の中で起こっている数千もの化学反応がスムーズに進む必要があります。そのためには化学反応を触媒する「酵素」が正常に機能することが大切です。酵素反応が支障なく進むためには、その構成要素であるタンパク質、ビタミン、ミネラルが身体の中に十分量あることが重要です。このような、身体が機能するための要素は「生体分子」といわれます。

 

分子栄養学では、これらの「生体分子」が不足することで、身体の生命活動に支障をきたし、さまざまな慢性疾患が発症すると考えます。生体分子が不足すると酵素の反応が正常に働かなくなり、身体の不具合が起こります。すると徐々に身体の「ホメオスタシス」が崩れ、その結果、病気が発症すると考えるのです(図表1)。

 

[図表1]分子栄養学からみた病気の発症

 

ホメオスタシスとは身体の状態を一定の正常範囲に保とうとする、私たちが本来持っている「生体恒常性維持システム」のことです。

 

つまり分子栄養学は、分子生物学を基盤として進展し、不足している「生体分子」を十分量補うことで、身体の本来の生命活動を高めようとする「新しい栄養学」であるということができます。

 

日本では「栄養学」というと、どうしても医療と比較して軽く扱われる傾向がありました。医師の中では「栄養に関することなら栄養士に任せておけばいい」という雰囲気があると思います。しかし「新しい栄養学」こそが、慢性疾患に対するアプローチ方法を大きく変える可能性を持っているのです。

分子栄養学から進化した「機能性医学」

このような分子栄養学の発展を背景に、1990年、ジェフリー・ブランド博士によって「機能性医学」という新しい医療のパラダイムが提唱されました。ブランド博士は、アメリカのピュージェットサウンド大学で生化学の教授としてキャリアをスタートさせています。1980年代初頭には、分子栄養学の創始者であるライナス・ポーリング博士に抜てきされ、ライナス・ポーリング科学医学研究所の栄養学研究部長を務めました。ポーリング博士のもとでキャリアを積む中で、分子栄養学だけでは足りない部分を補い発展させる形で提唱した学問が「機能性医学」です(図表2)。

 

[図表2]機能性医学の定義

 

ここでいう「発症原因」は表面的に分かっているものだけではなくて、水面下に存在し、まだ症状として現れていない身体全体のバランスの乱れをも含みます。

「分子栄養学」と「機能性医学」の違い

分子栄養学では、「酵素」が十分に機能するために、タンパク質やビタミンやミネラルを十分に補充する必要性があると考えます。つまり、私たちの身体を精密機械に例えると、この歯車がスムーズに動くように、十分な潤滑油を補うことが重要なのです。

 

機能性医学では、潤滑油を補うだけでは十分ではないと考えます。身体の機能をうまく働かないようにさせる要因(外毒素、内毒素)を体内から効率的に排除することが重要です。つまり、潤滑油を補うと同時に歯車の目詰まりを取ることが重要であると考えるのです。

 

歯車の目詰まりを起こさせる要因としては、外毒素(生活環境から体内に入ってきた環境汚染物質、有害重金属など)と内毒素(腸内環境の乱れにより増殖した、腸管内の悪玉菌から放出された毒素)などの要因が考えられます。これらが身体に「慢性炎症」を起こし、身体の細胞や臓器の機能が低下することで慢性疾患が発症するのです。従来の分子栄養学にはここまでの発想はありません。

 

抗生剤が発明されて以後、感染症で死亡することは極めて少なくなってきました。今では死亡の主因は慢性疾患が多くを占めています。そして、慢性疾患が発症する「発症原因」は慢性炎症であると分かってきています。

 

そして、これらの外毒素、内毒素が慢性炎症を起こす誘因になると考えます。機能性医学では、これらを排除することで体内の慢性炎症をコントロールし、慢性疾患を起こさないようにしようと考えるのです。慢性疾患の根本的原因にどれほどアプローチでき、どのような治療法が提示できるかは、これからの連載を楽しみにしていてください。

「エビデンスに乏しい」?機能性医学の課題

機能性医学の歴史はまだ浅く、課題も存在しているのが現状です。以下にそれをまとめてみます。

 

標準的医療に比べるとまだまだ症例数が少なく、統計学的に有意と言えるエビデンスが乏しいと言えます。そのため、標準的医療と比較した臨床的検討が少ないのが現実です。

 

標準的医療で使用される薬剤はすべて、第3相臨床試験まで行われていることと比べると、信頼性が乏しいという評価を受けても仕方がないでしょう。臨床治験を行うためには、治験の費用を負担する資金提供者を見つけないといけないという現実的なハードルがあります。新薬の場合は、通常は開発した製薬会社が負担します。分子栄養学や機能性医学では、自然界に存在するビタミンやミネラルなどを使用することが多いため、特許権を取ることができません。資金提供者を見つけることが難しく、そのことが臨床治験を行うことを困難にしているという面があります。

 

2003年に薬事法が改正され、医師自身が治験を企画立案することができるようになりましたが、資金提供者を見つけることが難しいというハードルは変わりません。これを理由に「エビデンスが乏しい」という評価を受け、根拠の乏しい民間療法、代替療法と同列で見られ、トンデモ医療扱いされることさえあります。

 

しかし、これまでに紹介してきた通り、分子栄養学や機能性医学は、分子生物学の進展に伴って、身体の中で起こっている化学的反応を科学的にとらえた結果、発展してきたという側面があります。代替補完療法としては非常に科学的な手法であると考えられます。

 

では、実際の臨床的効果はどうなのでしょうか? いくら理論的に正しく、科学的なアプローチであるといっても、結果として患者さんの健康に還元されなければ意味がありません。実際には、標準的医療で根本的治療が困難な症状にも有効であった例がたくさん蓄積されてきています。

 

たとえば、慢性疲労症候群や起立性調節障害などは、標準的治療では、根本的原因が分からないとか、単に自律神経のアンバランスが原因とされていますが、分子栄養学、機能性医学の治療体系からアプローチすることにより改善している例がたくさん見られます。水面の上に見えている氷山の一角だけでは治療法が見つからなくても、水面下にある氷山の本体を整えていくことで、症状が改善してくるのです。

 

まずは、通常ではなかなか治らない患者さんも、アプローチ法を変えることで治っている症例が厳然と存在するという事実を素直に受け入れることはとても大切ではないでしょうか。

 

これまでの医学の発展の歴史を見ても、新しい病態や新しい治療法が生み出されるときには、まず症例報告から始まります。1人の患者さんがこういう治療をしたら良くなったという報告です。そして数人から数十人の症例検討が行われるようになります。数十人のこういう病態の患者さんにこういう治療を行ったら、いい結果が出た、という報告です。

 

そして段階的に、従来の治療法とどちらが有効なのかを比べる比較試験へと進んでいくわけです。いきなり、新しい治療法がすい星のごとく現れるのではなく、一人ひとりの患者さんを丁寧に見ていくことから徐々に進展してくるのです。分子栄養学、機能性医学は数百名から数千、あるいは数万の治療例が蓄積されてきている段階であるといえます。

 

今後は、従来の治療と比較してどれほど有効かを証明することが必要になってきます。公的な機関のサポートの元、標準的医療との比較試験が行われるべきだと考えます。そのためには、治験の資金提供を容易にするクラウドファンディングなどの整備も意味があるかもしれません。そのプロジェクトを成立させるためにも医療界以外の人の協力が鍵になってくるだろうと思われます。

 

 

今回は機能性医学とは何かということについてお話をしました。以降は具体的な慢性疾患別に慢性炎症とどのように関係するのかを見ていきましょう。次回は「がんと慢性炎症との関係」についてのお話をします。

 

 

小西 康弘

医療法人全人会 小西統合医療内科 院長

総合内科専門医、医学博士

 

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