娘の病名は…
その病院は、4歳までの子どもの入院の際に、原則として親が24時間付き添うルールとなっていたといいます。
「入院してすぐに、髄膜炎の可能性が高いと、髄液検査を行いました。その結果、髄膜炎は否定されましたが、その翌日もそのまた翌日もずっと検査に次ぐ検査でした」
そして、医師によるひとつの可能性が示されたといいます。
「川崎病と考えて間違いないでしょう」
川崎病は、3歳未満の子どもに多くかかる病気といわれていますが、先に挙げた症状がまさしく川崎病の特徴的なものだったのだそう。
そして、この時点で主治医が交代。より専門的な知識を持つ、50代前半の小児科部長が担当することになったのです。
辛かった過去と小児科部長の言葉
「まず免疫グロブリン製剤を静脈から注入することになりました。川崎病は全身の皮膚や粘膜に著しい炎症が起こる病気なのですが、いちばん厄介なのは、そのときに冠動脈にコブができてしまうことなのです。それを防ぐためにも、全身の炎症はいち早く抑える必要があると説明を受けました」
免疫グロブリンは効果を発揮し、娘さんの全身の炎症は見た目には抑えられました。その翌日、主治医が回診に来たとき、あかりさんに思いがけない質問をしたというのです。
「あなたってさ、なんでこんな時なのにものすごく冷静なの? あのね、他の人はこういうときに、もっと動揺したり取り乱したりちゃうものなんだよ。自分の子どもに血液製剤を投与するってさ、例え医師免許持っていたとしてもかなり大きな決断を伴うわけ。なのに、あなたはものすごく淡々と受け止めようとしてる」
その時、胸に迫るものを感じた、というあかりさん。
彼女のその冷静さにはある理由がありました。
「私が15歳の時、母が難病のため命を落としました。その後、父は入籍こそしなかったものの、とある女性と一緒に暮らし続けているのですが、その女性と私は折り合いが悪く、さらに私自身が看病疲れからうつ病にかかってしまったことで、再び親子で一緒に暮らすことがかないませんでした。感情に溺れたから、家族を遠ざけてしまう結果になったと考え、それ以来、負の感情は自分自身でなるべく手懐けるようにし、対外的には努めて冷静に対処しようと心がけることにしたんです」