相手の状態によって、声のかけ方を変える
続いて、在宅医療を拒否しているわけではないけれど、在宅医療チームが訪問することの必要性をあまり理解できていないと思われる相手やその家族には、在宅医療でできること、利便性等を丁寧に説明します。
医師「〇〇さん、こんにちは。今日からよろしくお願いしますね。病院では残念ながら、病気そのものに対しての治療について、もうすることがないからと退院を勧められたかもしれませんが、おうちに帰って来ると、いろいろとできること、やれることがありますから、安心してください。」
すると、相手が視線をこちらに投げかけます。
医師「まず、いろいろお話やご質問を伺うことができます。病院では、先生方や看護師さんが一生懸命してくれたと思いますが、忙しくて、ゆっくりと対話する時間がなかったのではないでしょうか。私たちは、毎週1回の診察で1時間ほどの時間を用意しています。また毎日来る訪看さんも、最低30分ほどは滞在して、全身状態の観察、体の清潔の維持、また排便コントロールをしますので、その間にも色々話ができます。」
患者「面倒を見てくれる予定の息子も嫁さんも、昼間は仕事しているので、俺一人なんだけど、来てくれるんかい?」
医師「はい。もちろんですよ。あと、食事はどうですか? 水分は十分取れていますか? 舌を見せてみてください。ああ、少し乾燥して、舌苔もありますね。連携している歯科医院に、口腔ケアに来てもらいましょうか? もしかしたら、ご飯が美味しくなるかもしれませんよ。」
そして最後に、在宅医療を受け入れてはいるが、いわゆる希望をなくして、じっと天井を見つめ、自分から言葉を発することがなくなっているような、ちょっとうつ状態の相手には、次のように話します。
医師「〇〇さん、こんにちは。はじめてお伺いいたしました。病院から紹介状をいただいているので、病気のことや現在の病状のことはある程度わかりますので、安心してくださいね。ところで、お仕事は何をしていたのですか?」
患者「エンジニア。」
医師「え、エンジニアって、何をしてたんですか?車関係ですか?」
患者「電子カルテを作るエンジニア。」
医師「え、電子カルテって、15年くらい前からやっと普及し出したと思うんですけど、どこでエンジニアをしていたんですか?」
患者「△△。知ってるかい?」
医師「もちろんです! 随分とお世話になりました。もしかしたら、私たちが出した要望を、〇〇さんが解決してくれたのかもしれませんね。」
患者は病気になることによって、とかく自分自身を責めたり、嘆いたり、そして仕方ないことではないことではありますが、入院中の行動制限などによって自由を奪われてしまうことにより、自分自身の存在、生きてきた意義、それら全てを失って、二度と取り返せないという絶望感に陥ってしまっていることが多いのです。
でも果たしてそうでしょうか? 在宅医の究極的な目標は、患者自身の自尊心の復活、自分自身の人生に対しての肯定的な見方の復活だと捉えています。
野末 睦
医療法人 あい友会
理事長