表敬訪問は日本人だけ、すぐ本題に入るのがグローバル
すべての打ち合わせは会議と同様に、「①アジェンダを事前に共有する②終了時間を決めておく③時間泥棒を排除する」という3つのルールを適用する。これだけで仕事のペースはかなり早くなります。
私が付き合っているシリコンバレーの人たちは、皆ハイペースで仕事をしています。打ち合わせをするなら最初に簡潔なメールでアジェンダが来て、アポ当日の挨拶はほんの一言。いきなり本題に入り、何かアイデアが出れば、その場でやるかやらないかも決めてしまいます。
彼らは早い者勝ちの競争社会で生きているので、「社に持ち帰って相談します」とやっていたらもう遅い。特にベンチャー企業だと、仕事のペースが遅いとライバルに出し抜かれてしまいます。なぜなら、発見や発明とは独自性が必要でありながら、唯一無二ではないという現実があるためです。「これをやれば絶対にいける」というアイデアであっても、同じアイデアをどこかで誰かが考えています。
たとえば睡眠には脳も体も眠っているノンレム睡眠と、脳だけは起きているレム睡眠がありますが、1950年代に「レム睡眠」という現象を発見した研究者は一人ではありません。当時学生であったウィリアム・デメント、ユージン・アセリンスキーとナサニエル・クレイトマン教授らのシカゴ大学チーム。東京大学の時実利彦(ときざねとしひこ)教授のチーム。フランスのリヨンではミッシェル・ジュべー教授といった方々が、同じ頃にレム睡眠を発見しています。
最近でも過眠症であるナルコレプシーの原因物質で、覚醒を引き起こす「神経ペプチド」の同時発見があります。米国のスクリプス研究所のルイス・デレシアとサット・クリフ教授、当時テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター所属の櫻井武氏、柳沢正史教授らが、同じ1998年に発見し、それぞれ、ハイポクレチン、オレキシンと名付けたなど、科学の分野では同時発見の事例は枚挙にいとまがない。
1876年、グラハム・ベルとエリシャ・グレイがほぼ同時に電話の特許申請をし、スピードで勝ったベルが電話の発明者として名を轟かせたことはよく知られていますが、あらゆる発明は世界同時多発することは今も昔も変わらない。どんな斬新なアイデアも、同じことを思いついているライバルが世界中にいるなら、即決即断できる人が勝者となります。
ところが日本のメーカーの人が、「睡眠に関する新製品を開発したい」ということでスタンフォードを訪ねて来る際、困ってしまうのは「まずはご挨拶を」というやり方です。日本式の表敬訪問というものかもしれませんが、「敬意は示さなくていいから、無意味に時間を奪わないでください」というのが私の本音です。
「ご挨拶だけですから5分で帰ります」という言葉の通りだとしても、仕事に集中していたのに中断すれば、同じ集中状態に入るまで時間がかかります。お客さんが来るなら多少はデスク周りを片付けよう、ジャケットくらい羽織ろうという気遣いもあります。そうこうするうちに、たとえ5分の挨拶だったとしても、30分から1時間近い時間のロスになってしまうのです。
私のもとには世界中から人が訪ねてきますが、表敬訪問という習慣があるのは日本人だけ。同じアジア組の中国人、韓国人もすぐ本題に入ります。グローバル化を意識するなら、こうした細かいことも世界標準に合わせるといいでしょう。
また、訪問の際、手土産を持参するのは日本人。たまに豪華なお土産を手に無理な頼みごとをしてくる中国人もいますが、手土産文化は日本文化と言っていいでしょう。
個人的な付き合いなら人それぞれでしょうし、手土産が潤滑油になることもあると思いますが、ビジネスには不要です。かさばるお土産をわざわざ飛行機で運んで来るのは大変ですし、気遣いをするだけのエネルギーがあるのなら、事前のアジェンダや当日の話し合いなど、本質の部分に向けたほうがスピーディな仕事ができます。そもそも、どなたに何を頂戴したか覚えていないことが多いものです。
西野 精治
スタンフォード大学 医学部精神科教授・医学博士・医師
スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長
日本睡眠学会専門医、米国睡眠学会誌、「SLEEP」編集委員
日本睡眠学会誌、「Biological Rhythm and Sleep」編集委員
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