時間をかければかけるほどコストがかかる
日本のある家電メーカーの経営幹部が私のラボを訪ねてきました。大企業の幹部がわざわざアメリカまで足を運んできたのです。てっきり契約レベルまで話を詰めるのかと思えばまさに表敬訪問。担当者から本題について聞くことができたのはその後のことでした。
相手の考えているプロジェクトと私たちラボへの要望がわかったところで、具体化すべく準備をしたり協力してくれる専門家を探したりしていましたが、1年以上たっても進展がありません。
どんなプロジェクトも頓挫することはあるので、中止なら中止で構いませんが、どうなっているのかメールをしてみると梨の礫(つぶて)です。ずいぶん経ってから、「先生のメールが迷惑メールのフォルダに紛れていまして」という言い訳とともにきた答えは「調整中です」というものでした。大企業だけに体質が古いのか、組織が縦割りで情報が共有されておらず、まさに調整に時間がかかっているようでした。
私が依頼した案件ならいざ知らず、先方からの依頼でこの対応です。「さすが大企業や。優雅というのか、無頓着というのか」と妙な感心をしつつ、日本企業がなかなか世界で活躍できない理由の一端を見た気がしました。誰に決定権があるかも重大な問題です。決定権のない社員に交渉を行わせ、いざmove forward(前進)という段階で、上司が一から審議し、決定を覆すということもままあり、それこそトータルの時間の無駄は膨大です。
何やら日本批判のようになってしまいましたが、日本を含めてどんな国の企業であろうと成果については意識しています。たとえば新製品を開発するなら、そのための設備投資、人件費、材料費、物流や在庫管理のコストは当然考えているでしょう。私の提案は、そこに「時間」を組み込んではどうかということに尽きます。
「いいものを作るのだから、慎重にやりたい」
「我が社の大切なプロジェクトなので時間をかけて取り組みます」
こうした言葉をよく耳にしますが、10年かけて100億円の売上を作るより、3年で100億円売り上げたほうが利益率は高い。時間をかければかけるほどコストがかかると考えれば、スピードが上がるのではないでしょうか。
就業1時間につきどれだけ付加価値をつけているかという労働生産性をみると、2018年のアメリカは74.7ドル。日本生産性本部によるデータでは、2018年の日本の労働生産性は46.8ドルとかなり低い。「日本人は働きすぎだ」と言われていますが、時間ばかりかけて実は成果は出せていません。その証拠に、日本の労働生産性はOECD(経済協力開発機構)に加盟している36カ国中21位という残念なランキング。時間についての意識改革をしなければと感じさせるデータです。
米国での国の研究費申請や、スタンフォード大学が企業と行う委託研究も、予算はすべて実費計算です。予算の主要な部分を占めるのが人件費で、人件費にはもちろん福利厚生費用もかかり、直接経費の約6割が人件費になります。プロジェクトを迅速に短期間に終わらせなければ、人件費だけでも相当な経費です。シリコンバレーでは、そのことを認識していないビジネスパーソンには会ったことはありません。
時間は飛ぶように過ぎ、変化のスピードも凄まじい。日本のベンチャー企業の20年生存率はわずか0.3%と言われていますが、この変動の時代の中、老舗であっても生き残る保証はどこにもありません。
たとえば10年前はアメリカでも「動画はテレビが主流。DVDはレンタルするもの」というのが常識でした。ネットフリックスが1997年サンタクルーズ郡で、YouTubeが2005年サン・マテオで設立、2006年にはアマゾンが動画配信を開始し、2007年にフールー(Hulu)がロスアンジェルスで動画配信サービスをはじめてから事情は大きく変わり、今やネットフリックスの売上だけでアメリカの4大ネットワークに迫る勢い。形勢逆転も時間の問題となっており、日本もいずれそこに続くかもしれません。
これらの動画配信サービスは、PlayStation、Xbox 360等の取り付け機器、iPhone、Androidといったスマートフォンやタブレット、アマゾンのFire TVといったストリーミング機器やアップルのAirPlayなどを使って家庭内のインターネットを介して動画や音楽を自在に無線で飛ばすことができ、その進化は今や留まるところを知りません。
それなのに、まるで「会社も時間も永遠に存続する」「サービスやアイデアも変わらない」という前提があるようなペースで仕事をするのは、時代にそぐわないことです。
テレビ放送をリアルタイムで視聴している世帯や個人の割合を算出する「視聴率」で一喜一憂しているようではすでに時代遅れです。
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