リモートワークは収入源の移転を伴わない
■「小さく、近く、美しい」バリューサイクルへの転換
昨今では盛んに「ニューノーマル」ということが言われていますが、この「ノーマル」のうち、もっとも大きな社会変化を否応なく動かしていくのが「リモートワークの常態化」だと思います。会社への通勤が週に1~2回でいいということになれば、わざわざ物価が高く、環境の悪い大都市部に居住地を構える必要性はありません。
近代社会が成立して以来、私たちの社会にはつねに「会社のある場所」と「住む場所」を近接させようとする強い圧力が働いてきましたが、その圧力が一気に減圧される時代がやってきたのです。そして、言うまでもなくより「小さく、近く、美しく」というライフスタイルは大都市にはそぐわず、相対的に小さなコミュニティの方が実現しやすいでしょう。これは日本にとって長年の課題であった東京一極集中を改善する大きなチャンスだといえます。
さらに加えれば、リモートワークによって今後の地方移住が促進されれば、それはこれまでの地方移住とは異なった経済的平準化効果をもつという点も見逃してはいけません。
従来の地方移住では、「個人の収入源」も含めて地方へ移転することが前提となっていました。つまり「都市部で収入を得て都市部で消費する」という生活から「地方で収入を得て地方で消費する」という生活への転換ということです。ところが今後、全世界的なリモートワークの浸透によって広がっていく居住地域の拡散は、必ずしも収入源の移転を伴いません。
つまり東京・大阪・福岡・札幌といった大都市経済圏に本拠地を置きながら仮想空間上で活動し、そこから得た収入を、居住地である地域のより「小さく、近く、美しい」バリューサイクルに投じるという循環が起きるのです。これまで大都市圏から地方への資金循環は国政を通じて行われていたわけですが、この循環を私たち市民が、自分たちの意思と選択に基づいて担うようになるわけです。
そういえばこれは以前、世界的に高名なインテリア・デザイナーのジャスパー・モリソンが言っていたことなのですが、彼は「下町の、それもできるだけ小さな個人商店で、海外の友達のためのお土産を買っている」というのですね。なぜかというと、それが「その地域にとってもっとも重要な貢献になるからだ」と言うのです。
よく「ご当地自慢」のような文脈で取り上げられるモノというのは、その地方の特産品だったり建築や場所などの物理的なモノだったりすることが多いわけですが、ジャスパーが言っているのは、そういった物理的なモノではなく、その地域の中で循環する経済システムこそがその地域の豊かさを維持する上で重要なんだ、ということです。
ジャスパーのこの言葉にもやはり「責任消費」という規範がしっかりと裏打ちされていることがわかるでしょう。
山口周
ライプニッツ 代表