異口同音に「私は投げ出さなかった」と答える
アメリカを代表するエンジェル投資家のジェイソン・カラカニスは、『エンジェル投資家』の中で、投資判断の際のポイントとして、「エンジェル投資においては、人が重要だというのではなく、人がすべてなのだ」と明言しています。ここでいう「人」とは、経営者(創業者)のことです。しばしば、会社は経営者の器以上には大きくはならないと言われますが、まさにそういうことです。
また、シリコンバレーの最強投資家と言われているベン・ホロウィッツは、ベンチャー企業にまつわるあらゆる艱難辛苦(ハード・シングス)にどう対処すべきかの心構えを説いた経営指南書『HARD THINGS(ハードシングス)』の中で、「(会社経営という)困難なことの中でももっとも困難なことには、一般に適用できるマニュアルなんてない」と明言しています。そして、彼自身が自らのビジネス経験から学んだCEOとして最も困難なスキルは、自分の心理をコントロールすることだといっています。
彼が起業家に対して「どうやって成功したのか?」を尋ねると、凡庸なCEOは、優れた戦略的着眼やビジネスセンスなど自己満足的な理由を挙げるのに対して、偉大なCEOたちの答えは驚くほど似通っていて、異口同音に「私は投げ出さなかった」と答えるそうです。
こういうビジネスリーダーにとって、あるいはこういうビジネスリーダーになるために、良書が必要なのだと私は思います。それは、危機的な状況に立たされたときに付け焼き刃で読む、お手軽なノウハウ本ということではなく、常日頃から人間としての練度を高めておく、つまり人間としての基礎体力や体幹を鍛えておくという意味においてです。
今、戦後に世界が築き上げてきた既成概念が崩壊し、これまでのルールがまったく通用しなくなる中、それに代わる秩序やルールが立ち現れているかと言えば、それもありません。そして、この先も新しい秩序の姿は見えてきそうにないという不透明で垂れ込めた感覚こそが、今の時代を覆う漠然とした不安の正体なのだと思います。また、その裏返しが、AI(人工知能)によるシンギュラリティ(技術的特異点)がもたらすユートピアへの過剰な期待感なのではないでしょうか。
経営学者のクレイトン・クリステンセンは、『イノベーション・オブ・ライフ:ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』の中で、エンロンの元CEOジェフリー・スキリングを含め、彼が教授を務めていたハーバード・ビジネス・スクールの卒業生の何人かが経済事件を起こし、結果的に栄光に満ちた人生を棒に振ったという事実に触れながら、「犯罪者にならないために」という演題で人生論を語っています。そこでの彼のアドバイスは、「人生を評価する自分なりのモノサシを持ちなさい」というものです。
これまでは、経営におけるサイエンス面を偏重し、過剰に論理と理性を重んじた意思決定だけをしていれば済みましたが、それではやがて差別化の問題に突き当たり、参入した市場は「レッドオーシャン」(血で血を洗う競争の激しい領域)と化し、利益を上げるのが難しくなります。