(※写真はイメージです/PIXTA)

経済成長の坂を登った先にある、成熟した高原社会では消費や購買の位置づけも大きく変わるという。「労働と生産」が「購買と消費」と一体をなすシステムに変化していくというが…。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

労働から得られるもっとも純度の高い報酬

■バリューチェーンの限界

 

高原社会における「労働」が、これまでの「辛く苦しい労役」から、「活動自体がもたらす愉悦や官能が報酬として即時に回収されるような活動」に変化すると、「消費」や「購買」の位置づけもまた大きく変わるようになるでしょう。結論を先取りしてその変化を説明すれば、「労働と生産」が「購買と消費」と一体をなすシステムへと変化していくことになります。

 

これまで、私たちは「生産」の後に、「生産」とはまったく別個の活動として「購買」があり、「消費」があるという枠組みで私たちの経済活動を捉えていました。図の左側で示しているような捉え方ですね。「労働や生産」の後に「購買や消費」が段階的にシーケンシャルに続く、いわゆるバリューチェーンの考え方です。しかし私は、このように「生産」と「消費」が分断された構造が、現在の殺伐とした社会をつくり上げる要因になっていると考えています。

 

そもそも、労働から得られるもっとも純度の高い報酬はなんでしょうか。それは、自分の労働によって生み出されたモノ・コトによって喜ぶ人を見ることでしょう。多くの人は、労働によって得られる対価の筆頭として「金銭的報酬」を考えますが、なぜこのように不健全な状況になってしまったかというと、自分の生み出した価値を受け取って喜ぶ人を直接には見ることができない社会構造になってしまったからです。

 

喜びを感じられない活動に人を駆り立てることはできません……ということで仕方なく、金銭的報酬を手渡して「これで納得しろ」という形にいったんは落ち着いたわけですが、このアプローチは昭和期までそれなりに機能していました。というのも物質的欠乏感が社会に蔓延しており、経済的な報酬が即座に生活水準の向上、さらには幸福実感の増進につながることがイメージできたからです。ところが本連載で再三にわたって確認してきた通り、私たちはすでに物質的不足という社会問題を解消しており、このアプローチは機能不全を起こしています。

 

【図】価値創造システムの変革

 

■「労働の喜び」を回復させる

 

金銭のことをファイナンス=Financeと言いますが、ここで用いている「ファイ=Fi」は「ファイナル=Final」の「ファイ=Fi」と同じ、ラテン語の「終わり」という意味です。お金を払うことで他者との関係性をチャラにして終わりにする、ということです。

 

価値を生み出す労働プロセスを細かく分けて分担すると個別作業の練度が高まって生産性が上昇します。いわゆる「分業」という概念をはじめて社会に紹介したのは、アダム・スミスの『国富論』です。この本の冒頭において、スミスは、ピン工場の思考実験を用いて分業がいかに生産性を高めるかを説明しています。

 

そして実際にはスミスの予見通り、この生産様式が普及したことで生産性は飛躍的に向上し、それが産業革命へと接続されていったわけですが、スミスは同時にまた、この生産様式の普及によって、労働から得られる喜びは著しく毀損されてしまうだろうということも、よくわかっていました。

 

スミスは同著のなかで、分業によって、自分の能力以下の仕事を果てしなくやらされることになった労働者は「愚かになり、無知になり、精神が麻痺してしまう。彼らは理性的な能力も、感情的な能力も失い、ついには肉体的な活力さえも腐らせてしまう」(『国富論』第五編第一章より)と書き残しています。スミスの「感情的な能力を失う」という指摘はそのまま、前節において紹介したチクセントミハイの「ほとんどの人が自分の感情について無感覚になっている」という言葉を思い起こさせます。

 

このような状態はまた、企業組織の競争力を毀損させる要因にもなっています。今日、多くの企業ではモチベーションがもっとも重要な経営資源になっていますが、物質的不足が解消し、これ以上、報酬を増加させても生活水準や幸福感はさして増進しないということが誰の目にも明らかになってしまっている以上、これは当たり前のことでしょう。

 

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ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

山口 周

プレジデント社

ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか? 21世紀を生きる私たちの課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではない…

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