人生の岐路に立たされたとき読書体験は役立つ
我々に執拗にまとわりついて離れない金融というものの正体はなんなのか。そしてその前提にある資本主義とはなにか。資本主義は人間存在にとってどのような意味があるのか。なぜ企業は成長し収益をあげなければならないのか。金融というのは本当に世の中の役に立っているのか。そもそも自分はなぜ新卒で金融業界に就職したのか……そうした根源的な疑念が次から次へと湧いてきたのです。
これが、「日本資本主義の父」渋沢栄一の玄孫である渋澤健さんたちと立ち上げ、かれこれ十年近くにわたって私が主催している「資本主義研究会」の活動につながっています。そこでの主題は、「資本主義は人間の本性にかなっているのか?」「資本主義は人間を幸せにするのか?」ということです。
こうした問題意識に沿って、人間と資本主義との関係、資本主義の新しい形などについて、今でも議論を続けています。この活動の中間的な成果として、2019年には、『資本主義はどこに向かうのか』を出版することができ、資本主義と人間との関係性の整理のところまでは、なんとかたどり着きました。
そして、それと並行して個人的に進めているのが、宗教や哲学や思想の研究です。それまで受験秀才できていた私は、答えがなさそうな難しい問題に拘泥して前に進めなくなるのは得策ではないということで、どちらかと言えば、難解な本は避けて通っていたように思います。それが、客体としての資本主義の研究をするだけでなく、それを受け止める主体としての自分自身の問題に正面から取り組まなければならない、そのためには宗教や哲学や思想を真剣に学ばなければならないというように変わっていきました。
たび重なる金融危機に巻き込まれ、多くの苦しみを味わったことも、少し時間が経って冷静に振り返ってみると、あの時のあの判断は正しかったのか、もっと別の選択肢があったのではないかなど、さまざまなことを反芻してみるようになりました。そして、これまでは自分を取り巻く環境のことばかりに注意が向かっていて、自分の身に降りかかる不運を嘆いてばかりいたのが、それを受け止める自分自身のあり方というのはどうだったのかを考えるようになったのです。
こうした経験を経て、物に憑りつかれたように読書を始めた私は、自分自身の備忘録のためにFacebookに読後感をアップするようになりました。意外にもそれが好評を得て、書評サイトHONZのレビュアーに誘われ、その他の雑誌にも書評を頼まれ……というように広がっていき、いつの間にか肩書のひとつが「書評家」になっていました。
そして、これまでの自分の読書体験を語るとともに、読書の大切さを今のビジネスリーダーたちにも、是非、理解してもらいたいと思い、人類の歴史に残る名著についての本を出版することにしたのです。
私の愛読書の中に、1800年以上も前に書かれた第16代ローマ皇帝マルクス・アウレーリウス・アントニヌスの『自省録』があります。この中の一節に、私が好きな、「善い人間の在り方如何について論ずるのはもういい加減で切り上げて、善い人間になったらどうだ」という言葉があります。
本連載では、こうした本質的な問いかけに対して、それぞれの時代を代表する人たちがどう考えて、その人なりにどのように考えたのかという視点から、人類の歴史に残る名著を取り上げて解説していきたいと思います。そうすることで、読者の皆さんが、数千年の人類の歴史を味方につけることができるからです。
そうした読書体験は、皆さんが重大な経営判断や経営危機に直面し、人生の岐路に立たされたとき、そして自分とはなにか、自分が本当はなにがしたかったのかを改めて考えてみなければならないときに、必ずや、一筋の光明になると信じています。
堀内 勉
多摩大学社会的投資研究所 教授・副所長