(※写真はイメージです/PIXTA)

情報通信技術の進化により、今やどこの土地にいても仕事をもらえる環境になりました。海外の仕事を行う場合、かつては外国に工場やオフィスを移転しなければ現地の仕事がもらえなかった時代に比べれば一見、労働者にとって便利な時代になったようにも思うでしょう。しかし「働く場所が関係なくなった」という事実がどんなリスクをもたらすのか、ご存じでしょうか。※本記事は、谷本真由美氏の著書『日本人が知らない世界標準の働き方』(PHP研究所)より一部を抜粋・再編集したものです。

雇用者からすれば「正社員がいらなくなる」世界

働く場所の意味がなくなる世界というのは、すなわち、オフィスや一緒に働く人、工場や機械などの生産手段がなくても、富を生み出すことが可能になる、ということです。

 

現在一般的になっている株式会社というのは、そもそもイギリスで大航海時代に、貿易のリスクを回避するためにできた仕組みでした。

 

当時の船は木製で、航海技術も未発達だったので、航海中に船が沈没したり、海賊に襲われることが少なくありませんでした。レトルトパウチの保存食も、缶詰すらない時代で、水夫は腐った水と、蛆(うじ)虫の湧いたカンパンをかじりながら航海するという、大変ギャンブル性の高いものでした。沈んでしまう可能性の高い船一隻に出資するのは大変なので、出資者は、複数の人と集まって、航海の費用を出し合うようになります。複数が集まれば、より多くの資金が集まるので、船を補強することも可能ですし、水夫の壊血病を防ぐために果物を積み込むことが可能になります。

 

また、船が沈んだ際のダメージも小さくなります。つまり、会社というのは、そもそも自分一人の力や資力では達成することが不可能な仕事を可能にしたり、リスクを回避したりするための「仕組み」だったのです。この基本的な仕組みは、株式会社だけではなく、有限会社や合同会社でも同じです。近代になり、船は工場やオフィスに置き換わり、航海のお金を出す商人たちは共同出資者や株主になり、水夫たちはオフィスの同僚や上司になりました。

 

しかし働く場所が関係なくなる世界では、わざわざ複数の人と集まって、オフィスで働いたり、自ら工場やオフィスワーカーを抱える理由がなくなります。かつてに比べて、安価に、そして、簡単な方法で、仮想空間で、限られた期間だけ会社のような形態を作って仕事をすることが可能になったからです。

 

その象徴のような例がイギリスにあります。イギリスのVPN(仮想プライベートネットワーク)サービス企業「Hide My Ass!」の創業者ジャック・ケイターは、ノフォークで16歳の高校生だった頃、コンピューターで遊ぶのが趣味でしたが、学校内のネットワークから、自分の好きなウェブサイトにアクセスできないことを不便に感じ、ある日の午後、自宅のリビングで、ノートブックコンピューターを使って「Hide My Ass!」というVPNサービスを立ち上げます。

 

VPNとは、一般に開放されているインターネット上で、自分専用のネットワークを作って使用するサービスのことです。「Hide My Ass!」は、その便利さから、ネット掲示板などで徐々に話題になり、ケイターはサービスを拡大します。その際に、仕事をしてくれる人は、すべてUpwork.comなどのフリーランサーを雇うサイトから募集しています。

 

システムアーキテクトはウクライナのウクライナ人で、その他の協力者もセルビアなど世界各地に散らばっていました。フリーランサーは時間単位で雇用し、一度も会うこともなくサービスを拡大していったのです。事業を本格的に拡大することになって、ロンドンにオフィスを構え、一度も会ったことがなかった人々をオフィスに呼び寄せました。2014年にはサービスを約48億円で売却しています(※)

 

※ http://www.theguardian.com/technology/2015/mar/15/hidemyass-startup-secrets-safe-with-jack-cator

 

この事例が示すように、今や、アイディアさえあれば、世界中に散らばっている人と仕事をすることで、コネも資金もない若い人でも、巨額の富を得ることができるのです。一方で、ケイターが採用したフリーランサーたちは、ウクライナやセルビアなどの新興国に住んでおり、地元のイギリス人ではないことにも注目すべきです。イギリスにも同じスキルを持ったサラリーマンやフリーランサーはいますが、適切なスキルを、妥当な報酬で提供する人が、物理的な距離を超えて雇われてしまったのです。

 

設備も資金もコネもない高校生ですら、世界に散らばる専門家を時間単位で雇い、管理し、成果物を確認し、事業を展開することができるということは、これが、資金もコネも人材もある企業の場合は、より大きな規模で可能になる、ということです。

 

つまり、物理的な空間が関係ない仕事であれば、世界中から、時間単位で働いてくれる人を探すことが可能なのです。企業経営者から見た場合、正社員を抱えているよりも、必要な時に必要な技能や知識を持った人を、一時間いくらで雇うことができれば仕事は終わるので、わざわざ「カイシャ」という形態にする必要性がないということです。

 

これは、場所に関係なく仕事ができる業界だとすでに顕著です。例えば、ロンドンのIT業界の場合、職場で働いている人の8割がプロジェクト単位の雇用、というのが珍しくありません。エネルギー業界や非営利団体、環境などの世界でも、プロジェクト単位の雇用が珍しくありません。ただし、プロジェクト単位で雇われる人々は、技能を売るので、時間単位の報酬が高い専門家として扱われます。

 

会社側では、正社員かプロジェクト要員かでの差別はほとんどなく、単に役割が違うだけ、という認識です。正社員の場合は、雇用が安定する代わりに報酬が低い、という違いがあります。景気が悪くなると正社員(誰かに雇われる)、景気が良くなると、プロジェクト単位で働くというサイクルを繰り返す人が少なくありません。

 

また、技能を売る働き方なので、年齢や性別、国籍であれこれ言われることはありません。あくまで、仕事ができればよいというスタンスです。ですから、出勤時間や、仕事が終わった後の夜の付き合い、中元・歳暮なども、仕事の成果には関係がありません。

 

これは公共機関ですらそういう傾向があります。例えば国連機関の場合、開発援助プロジェクトを実施する場合、国連職員が担当するのはプロジェクトの企画や管理なので、実作業のほとんどは、プロジェクト単位で雇用された外部のコンサルタントです。プロジェクト関係者の9割がコンサルタント、という場合も珍しくありません。

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