まったくの他人に財産を「遺贈したい」可能ではあるが
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【遺言公正証書】※
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第五条 私の財産のうち、次の財産は、X病院に遺贈する。
1、土地
所在 岐阜県恵那市XXX
地番 100番
地目 山林
地積 1,000㎡
2、現金 1,000万円
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第八条 遺言者は、本遺言の遺言執行者として、遺言者の長女 乙野清美 を指定し、本遺言の執行に関する権限を授与する。
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※ 遺言でいくら「遺贈する」旨の記載をしても、相手方に受け取る義務が生じるわけではありません。寄付の受入れ体制のある団体であっても遺留分を侵害しているような寄付や、使い勝手の悪い不動産の寄付は放棄される可能性が高いでしょう。
【本記事のポイント】
●「遺贈する」と書いても受遺者側に受け取る意思がなければ拒否される
●遺留分を侵害した遺言書はトラブルのもとになる
●遺言執行者を選任しない寄付の手続きは非常に煩雑になる
「寄付を受け入れない」団体が少なくないワケ
乙野久司さんには、妻と、比較的余裕のある家に嫁いだ2人の娘がいました。すべての財産を家族に渡すのではなく、社会貢献として、活動方針に共感できるX病院を見つけ、その活動に役立ててほしいと考えて、近くの公証役場で先の遺言書を作成したようです。
遺言では、子や配偶者、親族に財産を渡すことができるほか、まったくの他人やお世話になった団体、活動を応援したい団体等へ財産を遺贈(寄付)することもできます。
乙野さんがX病院に遺贈するとした記載自体に問題があるわけではありません。しかし、形式からは読み取れない懸念事項が2点あります。
まず1つは、寄付先である「X病院」がこの寄付を本当に受け入れてくれるかどうかという点です。遺言書でいくら「遺贈する」と書かれたところで、相手側に受け取る義務が生じるわけではありません。受遺者側に受け取る意思がなければ、拒否されます。
仮に、X病院に遺贈を放棄されてしまえば寄付は実現されません。X病院に寄付をすると記載した山林と現金は遺言書に書いていなかった場合と同じ状態になり、宙に浮いてしまいます。
宙に浮いてしまった財産は、改めて相続人全員で誰がもらうのか話し合いをしなければならず、話し合いがまとまらない場合や相続人のなかに認知症の人などがいる場合は、手続きがなかなか先に進みません。
なお、遠方の山林など使い勝手の悪い不動産は団体や法人がもらっても処分に困ることが多く、受け取ってもらえる可能性は非常に低いものです。
「将来値上がりするかも」と期待して行ったこともない場所の山林を購入したものの、結果的にその処分や管理に困っている人は少なくありません。このような山林の処分に困り、どこかの団体に寄付しようとしても、受け取ってもらえる可能性は高くないということです。
端的な言い方をしてしまえば、「あなたがいらないものは団体だっていらない」のです。
また、現金や預金といった金融資産であれば必ず受け取ってもらえるかと言えば、これもケースバイケース。事務手続きの煩雑さや課税上の問題、考え方やその他諸々の事情で、たとえ金融資産であっても、寄付を受け入れていない団体も少なくないのです。
筆者は、遺言者の作成をサポートするにあたり、これまでいくつかの団体に寄付の受入れの可否を確認しています。その結果、問合せをしたうちの3分の1ほどの団体が、「お気持ちはありがたいが、お断りしたい」との回答でした。
いざ相続が起きてから受入れを断られ、財産が宙に浮いてしまわないために、寄付をする内容の遺言書を作成する前に、必ず寄付候補先に受入れの可否を確認するようにしましょう。事前に確認をして受入れ体制がないことがわかれば、別の寄付候補先を検討することができます。