「不動産」にしか触れない遺言書は争いの火種に
【遺言公正証書】※
第一条 遺言者は、遺言者の有する次の財産を、遺言者の長男丙川武に相続させる。
1、土地
愛知県名古屋市熱田区XXX1丁目1番
宅地 150.00㎡
2、建物
愛知県名古屋市熱田区XXX1丁目1番地
家屋番号 1番 居宅
木造瓦葺2階建
床面積 1階 100.00㎡
2階 80.00㎡
(本旨外要件)
愛知県名古屋市熱田区XXX1丁目1番1号
職業 無職
丙川清
昭和10年1月1日生
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(省略)
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※ 主要な財産以外の財産を無視した遺言書は、預貯金の扱いが争いの火種になる可能性があります。
【本記事のポイント】
●「財産は不動産だけ」というケースは実際は稀
●遺言書で預貯金に触れた後も、預貯金の使用や処分が制限されるわけではない
●主要な財産以外を無視すると「遺留分侵害」を見落とす可能性がある
「預貯金はたいしたことはないから」に潜む落とし穴
丙川清さんには長男と長女の2人の子どもがおり、現在は長男一家と同居しています。
財産は評価額1500万円相当の自宅不動産と、500万円程度の預金。「預金は今後も使って減っていくし、大した額ではないので遺言書にまで書く必要はないだろう」と考え、特に言及せず、自宅の土地と建物だけを記載した公正証書遺言を作成しました。
この遺言書の一番の問題は、不動産以外の財産について一切言及がない点です。
不動産は一般に価値も高く、自身の財産のなかで最も高価なケースも少なくありません。筆者の相談者にも、「財産らしい財産は不動産だけで、預貯金はたいしたことはないから、不動産だけカバーしておきたい」と話す人が少なくありません。
しかし、いくら不動産がメインの財産だからといって、その他の財産を無視して遺言書をつくるのはお勧めできません。のちに思いもよらぬ問題が生じる可能性があるからです。
実際に相続が発生すると、まず、長男が法務局に出向くか司法書士に依頼をし、遺言書に記載のとおり指定の土地・建物を自身の名義に変えます。ここまでは、問題ありません。
問題はここからです。財産が本当に不動産のみであればよいのですが、他の財産がまったくないというケースは稀。「財産は不動産だけ」と言いつつも、金額の多寡にかかわらず、いくらかの預貯金がある場合がほとんどです。
仮にA銀行に清さんの預金500万円があった場合、これは誰が相続するのでしょうか。
法的な話のみで言えば、長男はすでに1500万円相当の不動産を引き継いでいますから、生前贈与等の事情がなければ預金は長女がもらうべきでしょう。しかし、A銀行が自動的に長女に払い戻すわけではありません。A銀行からすれば、公正証書遺言を見ることで清さんの不動産が長男に渡ったことは認識できますが、財産の全体像まではわからないためです。
また、長女が財産の一覧表をA銀行に出したところで、「本当に清さんの全財産は1500万円相当の不動産とA銀行の預金のみ」であったのか、「じつはこの他にも2000万円等の多額の預金があり、すでにその預金は長女がもらっているのにA銀行に隠している」のか等の判断も困難です。
また、A銀行の預金について「長男が相続する」という遺産分割協議をした可能性もありますが、これも銀行にはわかりません。
そのため、払い戻しに際しては、通常、「この500万円の預金を長女に払い戻すこと」に対しての、他の相続人(この例では長男)の同意を求められます。
このとき、長男がすぐに同意すればよいのですが「自宅不動産は売るわけでもないので、預金は預金で半分にしよう」とか、「嫁に行った長女ではなく、家を継いでいく長男がこの預金もすべてもらうべきだ」という考えを持っている可能性もあります。この場合には、簡単に同意はしてくれず、手続きの長期化や相続争いへ発展する可能性もあるのです。
遺言書で預貯金の行先を指定していなければ、不要な手続きを行なうことになったり、争いの火種になったりする危険性があるということです。せっかく遺言書を作成したにもかかわらず、裁判等で争うことになれば、のこされた方々にとって非常に不利益です。