(※画像はイメージです/PIXTA)

生き方に正解がないように、逝き方にも正解はありません。ただ、最期のときだからこそ、「その人らしさ」が現れると年間100人以上を看取る在宅医は語ります。自分が入院したら、ただでさえ障がいで人と話ができない夫が孤独になってしまうと心配し、「せめて生きている間は夫の話し相手に」と在宅を望んだ老妻と覚悟とは…。本連載は中村明澄著『「在宅死」という選択』(大和書房)より一部を抜粋し、再編集した原稿です。

言葉少なだった夫婦の見えない強い絆

■「夫のために家にいたい」ずっとそこにあった夫婦の思いやり

 

E絵さんの病気が見つかったのは、50代半ばのころ。病気の進行はゆっくりですが、おなかのなかにゼリー状の塊がどんどん増えてしまう特殊ながんでした。その塊のためにお腹がぱんぱんで食事を普通にすると腸閉塞を起こしてしまうため、栄養のほとんどを点滴で補っていました。

 

E絵さんはとても寡黙な方で、私としては、「ご自分の病状をちゃんと理解されているのかな?」「今後のことをどう考えているのかな?」と心配で、いろいろ話しかけてみるものの、いつも穏やかに「大丈夫です」と決まってそうおっしゃいます。たまにお目にかかるご主人もまた、「うん、分かってるから大丈夫だよ」とおっしゃいます。「あまり関わってほしくないのかな」と思ってしまう距離感さえ感じるおふたりでした。

 

一般的ながんと比べると進行が遅く、余命の判断はとてもむずかしいものでしたが、通院するのが難しくなってきていたので、余命は数か月ではないかと感じていました。

 

これまでの闘病生活が長く、何度も手術を繰り返しながら変わりなく過ごされてきたので、もしかしたらE絵さん夫婦は余命をもっと長いと思っているかもしれないという懸念がありました。また、ご主人は障がいを抱えていて人とのコミュニケーションがややむずかしいということもあったので、病状が悪くなってきた今、今後のことについてちゃんと向き合っておふたりの思いを確認しておかなければと思っていました。

 

でも、すべては私たちの思い過ごしだということが判明しました。

 

E絵さんは、ご自分の状況を本当によく理解されていたのです。そうわかったのは、亡くなる10日ほど前のことでした。E絵さんが私にこう言ったのです。

 

「私、もうそんなに長くないでしょ。もう何もできないから、ここにいるとみなさんにご迷惑をかけちゃう。でも、今、入院したら、ただでさえ、障がいで人と話ができない夫が孤独になってしまう。せめて生きている間、夫の話し相手になれるように、できるだけ家にいたい」

 

夫のために家にいたい―それがE絵さんの最期の望みだったのです。

 

彼女のなかでは、いつかこういう日が来ると、わかっていたのです。死に際をどう過ごすかは、誰に言わずともすでに決まっていて、人に伝える必要はなかったのかもしれません。

 

ご主人もまた、とても状況をよく理解していました。「もうダメなのはわかっているし、準備はできているよ。僕がどこまでできるかわからないけど、そばについてることはできるから、何かあったら電話するね」と話してくれました。

 

そして最期の日、ご主人は慌てずにひとりでしっかりE絵さんを看取って、私たちに連絡をくれました。連絡を受けて伺うと、E絵さんはとても穏やかな表情で亡くなっていました。

 

ご主人は、「ほんとに逝っちゃったね。ずっとわかってたことだけどさみしいよね。でもE絵、いっぱい頑張ってくれたから、おれも頑張らないと」と涙をこらえてそうおっしゃっていました。言葉少なだったおふたりの、目には見えない強い絆を感じずにはいられませんでした。

 

あとから聞いた話ですが、E絵さんは、自分のご両親と娘さんにも病状を伝え、またお友だちもすぐに呼んで「自分がいなくなったあとは、必ず夫の生存確認をしてほしい」と頼んでいたそうです。

 

おふたりの中でしっかり話がなされていて、お互いを思いやるご夫婦の姿が、本当に素晴らしいな、と思いました。

 

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