肺がん末期の男性はネコとタバコが大事
■「猫がいるから入院は絶対しない」おひとりさま男性の最期
さて、今度は生活保護を受けながらひとり暮らしをしていた肺がん終末期の50代のD太さんのお話。何より大事なのが猫とタバコという人でした。
もともとは、認知症の父と一緒に暮らしていましたが、わけあって別居することになったD太さん。なかなか一筋縄ではいかない方で、「亡くなるまで連絡しないでほしい」と親戚にも言われてしまうほどでした。
D太さんご自身は、自分の病状はあまり気にしていない様子でした。肺がんがかなり進行していて、つねに呼吸がゼイゼイしているのですが、それでもタバコは手放しません。かなりギリギリになるまで自宅に在宅酸素を入れずに過ごしました。この在宅酸素というのは、肺の機能が落ちて呼吸が苦しい方には導入することがありますが、酸素は引火すると爆発するので、タバコは厳禁です。
本来なら、D太さんも在宅酸素を入れることで呼吸が楽になるはずですが、タバコ優先なので、頑として拒みつづけていました。
私が訪問診療に行きはじめた段階で、すでに自分のことを自分でするのがむずかしい状況でしたから、入院を相談したこともありました。でも、とにかく猫が心配で仕方がなくて「猫を置いてはどこにも行かない」と最期まで自宅での療養を望んでいました。ちなみに猫の名はきなこちゃん。
私を含む在宅ケアのスタッフに対しては、正直、悪態ばかりついていたD太さんでしたが、きなこちゃんにはメロメロで、彼にとってはかけがえのない存在だったのです。
具合がかなり悪くなり、いつ亡くなってもおかしくない状態になってきたとき、どこまでご本人の意向に沿えるのかを、ご本人とともに、スタッフ全員で話し合うことにしました。彼が一人きりになる時間が心配ではありましたが、最終的に、「本人の選択だから、私たちにできることを最大限やって、彼の思いを最期まで支えよう」と合意し、入院はせずに最期まで自宅で療養することに決まりました。
D太さんは、自力ではもうまったく動けない状態になっていましたし、肺がんの終末期ですから、呼吸も苦しかったはずです。最終的には、在宅酸素も導入していましたが、そんななかでも杖で酸素の電源を切っては、タバコを吸っていたようです。
私が最後に訪問したときには、「おなかが空いたなあ」と言って、冷凍庫にあったご飯を温めて納豆を混ぜて食べていました。ゲホゲホッとなりながらも「美味しい」とうれしそうでした。