「患者さんを見殺しにする気ですか」看護師の剣幕
人間の体はとても良くできていて、自然に穏やかに亡くなることができるようになっているので、本来であれば、何もしないことがいちばん穏やかに逝けるということになります。
ただ、そうは言っても、実際に目の前で何も口にしない大切な人をそのまま見守るのは、心情的に抵抗を感じる方もいらっしゃることと思います。
しかし娘さんも、納得されている様子でした。そこで、B美さんの強い思いを尊重して「何もしない」決断をすることにしたのです。
B美さんの身体は、死に向かって静かに準備をしているようでした。亡くなっていく際に、せん妄といって、意識がちょっと混乱することもあるのですが、B美さんの場合はそれもなく、痛みも苦しみもまったくないまま、すっと寝ているような穏やかな最期でした。
このあと、娘さんから「母の希望を叶えてくださって、本当にありがとうございました」という言葉をいただいて、「ああ、本当に穏やかな最期だった」と、私も自然な形の看取りの穏やかさを身にしみて感じたものです。
こうして患者さんご本人とご家族にとっては、納得のいく穏やかな最期になったのですが、実はその老人ホームのスタッフからは反対の声が上がった時期もありました。
やはり当時の老人ホームの看護師さんや介護士さんにとっては、「何もしない=よくない」というイメージがあったようで、「何もしないんですか? 点滴もしないなんて、患者さんを見殺しにする気ですか!」とすごい剣幕でぶつかってくる看護師さんもいました。もちろん、患者さんのことを思ってのことです。
私は「やれることはたくさんあるから、ご本人の意思を一緒に精一杯支えましょうよ」という話をしました。点滴をすることだけが患者さんのためにできることではなく、快適な室温を保ったり、好きな音楽をかけたりするのも、大切なケアだからです。
当時、私自身の経験がまだ浅かった時期でしたから、医学的に正しいとわかっていても、迷いがなかったわけではありません。でも患者さんがはっきりとしたポリシーをお持ちだったからこそ、叶えられた自然死であり平穏死でした。
人生の終わり方にも、自分らしいプランを持っていたB美さん。自分の逝き方は積極的に選んでいい。そうした看取りをサポートしていこうと、強く背中を押された気がしています。
中村 明澄
在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医