(※写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、TMI総合法律事務所のウェブサイトに掲載された記事『【宇宙ブログ】中古人工衛星マーケットの可能性について』(2021年3月8日)を転載したものです。※本記事は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、TMI総合法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

 

 

現在、地球の軌道上を回っている人工衛星の数は4000機以上にのぼり、これらの人工衛星から届けられたデータは、衛星放送、天気予報、位置情報など、私たちの日々の生活に広く活用されています。

 

宇宙空間へ打上げられる人工衛星にはそれぞれの役割が割り当てられており、軌道修正のために搭載している燃料の量や、部品の耐久期間等を基に設定されるミッション期間(現在運用中の放送衛星ではおおよそ15年程度)を迎えるとともに、人工衛星は地球同期軌道の数百km上の軌道(いわゆる墓場軌道)へ移動し、その役目を終える、というのが人工衛星の一般的なライフ・サイクルとされています。

 

しかし、近年では科学技術の発達や、後述の軌道上サービスの提供により人工衛星の長寿命化が進んでおり、当初のミッション期間以降においても十分運用可能な人工衛星が増加していくことが見込まれています。このような人工衛星を取り巻く状況の変化によって、衛星データを取り扱う事業者や新たに宇宙ビジネスに参画しようとしている事業者は、人工衛星を一から開発するよりも低コストで人工衛星を取得することができるようになるかもしれません。

 

今回は、そんな中古人工衛星マーケット形成に関する課題や今後の展望についてご紹介させていただきます。

現状の課題

(1)権利関係の公示

 

まず1つ目の問題としては、権利関係の公示制度が不十分であること、という点が挙げられます。

 

人工衛星は、法律上の財産の種類としては「動産」に該当し、特定の国内のみにとどまらずに移動するという点で航空機や船舶等(以下「航空機等」といいます)と共通しており、その法的な取扱いについても航空機等に関する議論が援用されることが少なくありませんが、航空機等は、機体・船体ごとに国籍登録が義務とされており、その所有権や抵当権等の権利関係は、当該国籍国の法制度に従って登録・記録されることにより、権利者は自己の権利につき第三者対抗要件を具備させることができます。

 

一方で、人工衛星については、前述の航空機等に関する登録制度と類似するものとして、1976年に発効した「宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する条約」(宇宙物体登録条約)に基づく宇宙物体登録制度があるものの、その登録主体は私人ではなく国=「打上げ国」とされており、また、実務上は登録のための届出が行われていない事例も多いことから、やはり公示制度としては不十分といわざるを得ません。ましてや、人工衛星に担保権を設定することについての公示制度などは現在整っていません(航空機等に設定される担保権等を公示するための国際登録制度について定めるケープタウン条約を、人工衛星を含む宇宙資産にも適用しようとする国際的枠組みとして、宇宙資産議定書[1]があるものの、発効には至っておりません)。

 

(2)許認可の取扱い

 

次に、人工衛星の売買に伴って、その運用のために必要となる許認可の取扱いに関する問題が挙げられます。

 

人工衛星の保有方法としては、その運用を行う事業者(オペレーター)が自ら保有する形が現状では一般的ですが、人工衛星の保有のみを目的とする特別目的会社(SPC)に人工衛星を保有させ、実際の運用は事業会社であるオペレーターで受託する形をとることにより、オペレーターの貸借対照表上、人工衛星をオフバランス化させ、投融資による資金調達を容易にすることで、中古人工性の売買取引の促進につながることが考えられます。

 

しかし、一方で、国内に所在する人工衛星管理設備を用いて人工衛星の管理を行おうとする者は、人工衛星ごとに、内閣総理大臣の許可(人工衛星管理許可)を受けなければならないものとされている(人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律第20条第1項)ところ、前述のように保有・運用を分離する建付けとした場合に、どちらの主体について人工衛星管理許可が必要とされるのか、そもそもそのような建付けを前提とした場合であっても人工衛星管理許可の取得が可能であるかについては法令上明確ではありません。

 

さらに、中古人工衛星の譲渡先が国外の法人等である場合に、前述の宇宙物体登録条約に基づく宇宙物体登録上の「打上げ国」を変更することが可能であるかについても検討が必要となります。

 

これらの許可や登録主体は、人工衛星の落下や衝突等によって損害が生じた場合における賠償責任と紐づけられているため、その適切な特定・承継を行うためには、国家間レベルの協議も含めた調整が不可欠となります。

 

(3)滅失・毀損のリスク

 

軌道上の人工衛星は絶えず高速で移動しており、例えば、静止軌道衛星の速度は秒速約3.1kmにもなります。したがって、軌道上の人工衛星の状態を現認することはできず、買受けた直後に人工衛星が故障等により使用できなくなってしまう可能性について詳細な分析を行うこともできないため、この点は購入者にとって大きなリスクとなります。

 

軌道上の人工衛星のための保険商品としては、打上げ保険や軌道上保険があるものの、打上げ後の経過年数に比例して(特に設計寿命年数経過後の人工衛星については)保険料率が高くなることが一般的です。

今後の展望

その実現のためには制度上は多くの課題が存在する中古人工衛星の売買取引ですが、もちろん良いニュースもあります。その一つに、軌道上サービス、IoS(In-Orbit Servicing)の実現が挙げられます。

 

軌道上サービスとは、文字通り軌道上の人工衛星を対象とするサービスであり、例えば、①燃料補給、②検査・修理作業、③軌道からの離脱、④サルベージなどのサービスが考えられています。

 

2020年2月、アメリカのノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)社の子会社であるスペース・ロジスティクス(SpaceLogistics)社が開発したMEV-1(Mission Extension Vehicle-1)が、搭載燃料が尽きる直前の通信衛星にドッキングし、このMEV-1自身が新たな推進剤として機能することにより、通信衛星の寿命を延長させることに成功しています[2]

 

また、日本企業の株式会社アストロスケールホールディングスも、自社独自の技術開発に加え、軌道上サービスの提供を行う外国企業から事業譲渡を受けることで、軌道上サービス分野への新規参入・事業拡大を進めています[3]

 

これらの動きは、軌道上の人工衛星の現状把握、保守・改善を推進するものであり、中古人工衛星を二次的に利用しようとする者にとってのリスクの低減につながるため、中古人工衛星市場の創設の追い風になるものといえます。

 

このような技術の発展や、法整備が進み、人工衛星を活用した事業の安定化が図られれば、将来的には人工衛星を対象とした投資商品なども登場してくるかもしれませんね。

 

 

TMI総合法律事務所

弁護士 出山 洋

 

○執筆者プロフィールページ
   出山 洋

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