はじめに
2021年7月11日にはVirgin Galactic社が、そして、同月20日にはBlue Origin社が、相次いで有人宇宙飛行を成功させました! 様々なニュース番組でも取り上げられましたので、実際の様子をご覧になり、宇宙旅行の実現に胸を躍らせた方も多いのではないでしょうか。
2021年は、「宇宙旅行元年」とも呼ばれ、宇宙旅行への機運が高まっておりますが、日本国内でも、有人宇宙飛行ビジネスに関する法整備に向けた動きが加速しています。
有人宇宙飛行ビジネス ~宇宙旅行と二地点間高速輸送~
現在、有人宇宙飛行ビジネスとして大きく期待されている事業は、サブオービタル軌道での、宇宙旅行と二地点間高速輸送です。サブオービタル軌道とは、地上100km程度の高度に到達する放物軌道を指すと解されることもありますが、サブオービタル軌道での宇宙旅行は、宇宙船を地上100km程度まで上昇させ、眼下に地球を眺めながら無重量状態を体感するというもので、飛行方法が、航空機タイプとロケットタイプに区別されます。
Virgin Galactic社は、機体が母船に吊り下げられた状態で水平に離陸し、一定の高度に達した時点で母船から分離してロケットエンジンにて上昇し、エンジン燃焼終了後に訪れる無重量状態を体感したあと、水平着陸する航空機タイプ、Blue Origin社は、宇宙船となるカプセルと一体となったロケットが垂直に離陸し、一定の高度に達した時点でカプセルを切り離して無重量状態を体感したあと、パラシュートにより着陸するロケットタイプとなります。
また、二地点間高速輸送とは、宇宙空間を通って短時間で地球上の二地点間を移動する輸送手段を指します。SpaceX社は、東京-ホノルル間を30分で、東京-ロサンゼルス間を32分で結ぶなど、世界の各主要都市を1時間以内でつなぐことを発表しており、国内旅行よりハワイ旅行のほうが移動時間が短いという時代が、近い将来に訪れるかもしれません。
このように、海外への移動時間が短縮されることで、企業の海外進出がより一層活発化することが予想されますが、文部科学省が主催し、弊所からも新谷弁護士が委員として参加している「革新的将来宇宙輸送システム実現に向けたロードマップ検討会」が、2021年6月22日に公表した「中間とりまとめ」によりますと、サブオービタル機を活用した二地点間高速輸送の市場規模は、2040年には、日本発着ベースで年間5.2兆円程度になる可能性があると予測されています(注1)。
(注1)文部科学省研究開発局宇宙開発利用課「革新的将来宇宙輸送システム実現に向けたロードマップ検討会 中間とりまとめ」(2021年6月22日) https://www.mext.go.jp/content/20210622-mxt_uchukai01-000016127_1-1.pdf
国内法整備に向けた動き
以上のように、実現の期待が高まっている有人宇宙飛行ビジネスですが、残念ながら、国内ではサブオービタル飛行に関する法律が整備されておりません。宇宙関連法令として2018年に施行された宇宙活動法は、地球周回軌道又はその外に投入される人工衛星に適用されるものであり、地球周回軌道に到達しないサブオービタル軌道でのサブオービタル機の飛行には適用されないためです。
また、既存の航空法は、サブオービタル機を前提として策定されていないため、サブオービタル機に航空法が適用されるか明らかではなく、仮に適用される場合、事業者には政府による耐空証明を受ける義務が発生することになりますが、現在の技術では、宇宙空間におけるサブオービタル機の飛行について航空機と同程度の安全性を保障できる段階ではないことなどから、事実上、耐空証明を受けることが不可能といわれています。
以上のような背景から、サブオービタル飛行を規律する新たな法律の整備が期待されておりますが、昨年末、国内法の整備に向けた大きな動きがありました!内閣総理大臣が本部長を務める内閣府宇宙開発戦略本部が、「宇宙基本計画工程表」において、サブオービタル飛行に関する環境整備について、以下のとおり明記したのです(注2)。
(注2)内閣府宇宙開発戦略本部「宇宙基本計画⼯程表(令和2年度改訂)」(2020年12月15日) https://www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/kaitei_fy02/kaitei_fy02rev.pdf
「⼩型衛星の空中発射や有⼈商⽤サブオービタル⾶⾏に関して、官⺠協議会を中⼼に、2020年代前半の国内での事業化を⽬指す内外の⺠間事業者における取組状況や国際動向等を踏まえ、必要な環境整備の在り⽅及びその実現に向けた進め⽅について、早期に具体化する。」
以上の事項については、同部が、2021年6月29日に公表した「宇宙基本計画工程表改訂に向けた重点事項」においても、具体的取組事項として取り上げられており(注3)、今後数年以内に、サブオービタル飛行に関する法律が制定される可能性が高まっています!
(注3)内閣府宇宙開発戦略本部「宇宙基本計画工程表改訂に向けた重点事項」(2021年6月29日) https://www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/kaitei_fy03/juten_all.pdf
立法に向けた課題
サブオービタル飛行に関する法整備においては、乗客の安全性と事業者の利益とのバランスを、どのように取っていくかという点が重要な課題となります。前述した、航空法に基づく耐空証明は、政府が機体の安全性を保障するという制度ですが、欧州では、サブオービタル機にも耐空証明制度を適用すべきとの意見が出されています。もっとも、現在の技術水準では100%の安全性を要求することは困難であることから、どの程度の耐空証明を求めるべきかが、難しい問題となります。
また、米国では、インフォームドコンセントの考え方に基づき、宇宙飛行に伴うリスクを事前に乗客に開示することを条件として、事業者の損害賠償責任を免責する合意を有効とする法律が複数の州において制定されています。もっとも、日本では、消費者保護法等により、消費者が手厚く保護される傾向にあるため、自己責任を重視する米国の考え方が日本において受け入れられるのか、といった意見が出ております。また、インフォームドコンセントの考え方に基づき、宇宙旅行に伴うリスクを十分に開示するにあたっては、機体の構造についてもある程度説明する必要があると考えられますが、ロケットの技術は、軍事転用される可能性があることから輸出管理の対象とされているため、乗客が外国人であるときは、リスクを十分に説明できない可能性があるといった点も指摘されています。
なお、インフォームドコンセントに関する議論につきましては、宇宙ブログの以下のバックナンバーもご参考ください。
【宇宙ブログ】宇宙旅行の法律関係 www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2021/12278.html
法整備に向けた課題はあるものの、日本から1時間で、青い地球を眺めながら世界の各主要都市に移動できるという、大変魅力的な未来を実現するためにも、早急な法整備が望まれます。今後も、内閣府と国土交通省が共同事務局となって設立した「サブオービタル飛行に関する官民協議会」(注4)が中心となって、環境整備の検討が進められる予定ですので、同協議会の動向に注目したいと思います。
(注4)サブオービタル飛行に関する官民協議会 https://www8.cao.go.jp/space/policy/policy.html
TMI総合法律事務所
弁護士 粟井 勇貴