先進国と新興国におけるビジネスもボーダーレス化
世界の経済構造の変化は、働き方にも大きな影響を与えています。先進国と新興国の間での取引が以前よりも簡単になったため、かつては先進国で行われていた仕事が、新興国で行われるようになりました。
新興国であっても、情報通信技術の進化により、バリューチェーン(ものやサービスが動き、動く過程で付加価値が加算されていくこと)の上層の仕事ができるようになったので、先進国はより多くの仕事を外注したり、生産拠点を移したりするようになったのです。
かつても、人件費が安い場所で生産活動を行う、という傾向はありましたが、2000年以後の違いは、それが、製造業や単純労働だけではなく、知識産業などにも広がっているという点です。また、製造業や付加価値の低い仕事であっても、生産管理を効率化するシステムが発達したり、ビッグデータを解析するシステムが発達したり、クラウドやグループウェアなど情報共有を効率化するシステムが発達したりすることにより、以前よりも、効率的に、さらに洗練された形で、仕事を外注したり、管理したりすることが可能になったのです。
ビジネスにおける国境の意味が薄くなったことにより、かつては国内で完結していたバリューチェーンが、全世界基準になったのです。
「どこの国にいても仕事をもらえる環境」が実現
バリューチェーンとは、1985年にマイケル・E・ポーターが、著書『競争優位の戦略』で提唱した概念です。企業の活動が、どのような段階で価値を生み出すかを分析するためのフレームワーク(枠組み)で、5つの主活動と4つの支援活動の繫がりを分析する方法です【図表】。分析すると、自社の活動のコストや価値がわかりやすくなり、どの活動に力を入れるべきか、どこを削るべきか、ということがわかります。
例えば、日本のある食品製造会社が自社のバリューチェーンを分析した際に、サービスの部分は利益が少ない割にコストがかかることがわかり困っていました。しかし、某社の「顧客対応システム」を導入し、全世界に散らばっている在宅ワーカーを統括して仕事をしてくれる、フィリピンにあるクラウドソーシングの会社に対応部分のみを頼めば、現在の半分のコストで仕事をすることが可能になる、ということがわかりました。
以前であれば、海外と日本の間の通信費用は高く、品質も安定していませんでした。また、「顧客対応システム」も使い勝手が悪く、瞬時に各顧客の情報やクレームのコメント、対応商品の情報を呼び出すのが難しかったのです。
しかし、今では、様々な情報が統括されて使い勝手が格段にアップし、わざわざ自社でインフラを作って導入しなくても、販売会社からインターネット経由で提供されるようになったので、運用するスタッフも必要なくなりました。
さらに、フィリピンの会社が採用している人々は、全世界に散らばっているので、数ヵ国語対応が可能です。東欧やアフリカ、インドなど賃金の安い国に住んでいる人も多いので、格安でサービスを提供することが可能です。かつてはこんなふうに人を採用してサービスを提供することは不可能だったのですが、通信の品質向上と費用の低下、コンピューターの価格の低下、システムの向上、ネット経由で提供されるアプリケーションの存在などにより、物理的な場所を考慮しなくても仕事ができる環境になったのです。
かつては、本社や支社の営業部で、社内のシステムに保存された商品情報や顧客情報を手作業で探して、時給800円のパートさんが一人一人対応していたものが、今では、全世界から集まった、数ヵ国語に堪能な人々で可能なのです。
このように仕事をすることが可能な世界では、賃金は、全世界を標準として最低化され、全世界から、その仕事に妥当な人が選ばれることになるのです。つまり、かつては、外国に工場やオフィスを移転しなければ現地の仕事がもらえない、という状況だったのが、自分がどこの土地にいても仕事をもらえる環境になったのです。さらに、市民権や雇用許可の有無、どこに住んでいるかも、関係がなくなっています。
谷本 真由美
公認情報システム監査人(CISA)