「うそも方便」ということわざ?何を書けばいいの?
1月の試験ほどに風変わりではないものの、出題自体が哲学の世界を思わせる内容でありなかなか手ごわい代物と言えます。
英詩を直訳すると「浜辺に座る者が誰であれ、海は所属する」で、「belongs to(所属する)」を「寄り添う」と意訳すると、「海は誰にでも寄り添ってくれる」ということを表わしています。
これは、しばしば医療界で話題となっているEBM(Evidence Based Medicine /科学的根拠にもとづく医療)とNBM(Narrative Based Medicine /物語にもとづく医療)のうち、NBMを意識した出題であり、出題者は海のように人間に寄り添う医療について書いてほしかったのではないかと推測します。
海は、悲しい時やつらい時に人間の心を癒す作用を持っています。それは、生物が進化の過程において海から陸へと上がってきたこと、海にDNAの起源を求められることと関係しているのではないでしょうか。そういう観点から、われわれ医療人は海と同じ姿勢で医療に携わるべきではないか、と言及できればまとまりが出てきます。
最近は、科学的な根拠を重視した医療EBMを基調に、一方で、物語にもとづく医療NBMが注目されつつあり、このような出題がなされたのでしょう。直球型のEBMとNBMの問題は、その後、防衛医科大学の小論文でも出題されています。
他に奇をてらう問題の類型としては杏林大医学部の問題があります。「うそも方便」ということわざについて800字程度で述べる問題がそれです。
この問題は、2021年の福岡大学医学部医学科の面接試験でも「嘘をつくことについて、どう思うか」という形で問われており、定番です。一見、何を書いたらいいか戸惑う受験生もいるかもしれませんが、実は定型的な出題で、医療の告知の現場、更に言うならばがん告知の現場での医師の行為態様はどうあるべきかが想定されています。
過去からよく出題されている問題ですが、愛知医科大学では「顔」というテーマで600字以内で述べる問題が出題されました。奇をてらうという点ではその類型に該当します。適当なことが思い浮かばなかった教え子(日本大学医学部医学科に合格)は、ウケを狙おうと自由に記述することにしました。
「顔は人間の第一印象として大事なものであり、認識することで人の違いを見分けることができる大事なパーツである。そこで考えてみたい。もし、人類全員が同じ顔である、あるいは顔がなかったら何が起きるだろうか? 仮定のように、すべての人間の顔が同一だとしたら、外見的な髪型や体型で区別はできるものの、犯罪の特定が難しくなり治安が悪化する可能性がある。もし、顔がなかったら、顔(頭)が備える視覚、聴覚、嗅覚、味覚を失うことになり、美しいものを見たり、素敵な音楽を聞いたり、きれいな空気を味わうことができなくなる。つまり、人生を楽しむこともなくなる。そういう意味で顔は大切な機能を持つものだ」
この教え子は「ウケ狙い」と言いましたが、少々破綻はあるものの、ユニークで面白い視点が垣間見られます。また、認識過程や五感の記述などは医師志望を感じさせるところもあります。こういった発想が本番で自然に出てくるのは、多くの人とさまざまな場所で見聞きし学んだことが経験として蓄積され、感性が磨かれているからでしょう。
新入試制度はこうなる!
すでに報道されているように、2021年実施の入試から、入試制度が大きく変わります。これは、1990年に共通一次試験からセンター試験に変わった時よりも、大きな変革になると言われています。
その大きな柱は、現行のセンター試験に代わって導入される、「大学入学共通テスト」です。現行のマークシート方式がいずれ何らかの形で見直される可能性があります。この新しいテストは、現行の知識偏重から、思考力や判断力を重視した評価に変えようという狙いがあります。
この入試制度改革の影響により、医学部入試はどう変容するのか?
具体的な動きは何も見えていませんが、新入試制度が論理的思考力を重視する方向に進むのであれば、現在、二次試験が重視されつつある医学部入試においても、今以上に小論文や面接、適性検査が重視される方向に動いていくことが考えられます。集団討論による選考も多くの医学部で導入されることになるかもしれません。
いずれにせよ、幅広い教養と思考力が重視されることはまちがいありません。そのために、今以上に早い段階から読解力、論理的思考力を鍛え、医学部を目指してスタートを切ることが必要です。
小林 公夫
作家 医事法学者