本記事では、日本大学教授で弁護士の松嶋隆弘氏の『実例から学ぶ 同族会社法務トラブル解決集』(株式会社ぎょうせい)より一部を抜粋・編集し、新株発行をめぐり会社と株主の間で紛争に発展した事例を紹介していきます。

中小企業では、新株発行が支配権争奪の手段であるワケ

1.はじめに

 

(1)株式会社は、資金調達のために、新たに新株を発行することができる。会社法は、新たに株式を発行することを、すでに手元にある自己株式を渡すことと大差ないとして、「募集株式の発行等」とひとまとめにして統一的に規制を施している(会社法199以下)。

 

新株の発行は、a.資本が増加するという側面(組織法的行為:増資)とb.業務執行のための資金調達という側面(準業務執行行為)とを併有するところ、資金調達の機動性を重視し、取締役会限りでの新株発行を許容する会社法の制度設計(会社法200-1、201-2)は、基本的に、b.の側面を重視したものである。

※人の行為の基礎または手段となる組織について定める法律

※2会社の事業計画の実行、製品の製造、サービスの提供、営業活動、人材管理、資金調達など各種の業務に準ずる行為

 

a.の側面は、有利発行の場合(会社法199-2、199-3、309-2-五)や支配権の異動を生じる新株発行の場合(会社法206-2-4)に株主総会決議(前者の場合は特別決議、後者の場合は普通決議※2)を必要とし、新株発行を株主の意思に係らせる規制の他、新株発行に反対する株主に、事前に新株発行差止請求権(会社法210)、事後に新株発行無効の訴え(会社法828-1-二)、新株発行不存在の訴え(会社法829)を許容する規制となって現れる。

※株主以外の第三者に対して特に有利な価格の株式を発行する手続きのこと

※2普通決議では、原則として出席株主の過半数の賛成が必要。また、定款によってその割合を変更できない。一方、特別決議では、出席している株主のうち3分の2の賛成が必要で、定款の定めによって、3分の2を上回る割合を設定することが出来る

 

(2)さて、上場をしておらず、資金調達はもっぱら銀行融資等の間接金融に頼る中小株式会社の場合、新株発行は、資金調達のための手段としてではなく、会社経営をめぐる対立が、支配権争奪の紛争となり、そのための手段として用いられることとなり、もっぱらa.の側面がフォーカスされることになる。

 

本Caseの元となった最判平成5年12月16日民集47巻10号5423頁は、まさにそのような事例である。記録からは、対立の背景は定かではないが、裁判所から新株発行の差止仮処分命令が下されているにもかかわらず、あえてそれに反し、新株発行が敢行されているところからみて、Yの経営陣とXらとの対立の根は深く、その間の溝は埋めがたいといわざるをえない。

※最高裁判所の判決

 

2.差止仮処分命令違反の新株発行の効力

 

(1)問題の所在と学説

 

会社法は、新株発行無効の訴えに関し、訴えによるべきこと及び出訴期間(会社法828-1-二)、原告となるべき者(同条2-二)、被告となるべき者(会社法834-2)、管轄(会社法835-1)、弁論の必要的併合※2(会社法837)、判決の対世効力(会社法838)、判決の非遡及効(会社法840)等といった手続的な規制を置くものの、肝心の無効事由(何が新株発行の無効原因となるか)につき何も語らず、解釈に委ねている。

※行政訴訟を提起することのできる法定期間

※2同一の請求を目的とする会社の組織に関する訴えに関係する訴訟が数個同時にあるときは、その弁論及び裁判は、併合してしなければならない。

 

学説は様々に分かれるが、大別すると、既存株主の保護を重視する無効説と、取引の安全を重視する有効説とに整理できる。これは、前述した新株発行の制度設計に関するa.b.の各側面のいずれを重視するかにかかわる対立であるといってよい。

 

(2)裁判所の判断

 

この問題に関し、前掲最判平成5年12月16日が判示するところは、次のとおりである(現行法の条文は、筆者が付加したもの)。

 

「商法280条ノ10(現会社法210)に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分命令があるにもかかわらず、あえて右仮処分命令に違反して新株発行がされた場合には、右仮処分命令違反は、同法280条ノ15(現会社法828-1-二)に規定する新株発行無効の訴えの無効原因となるものと解するのが相当である。

 

けだし、同法280条ノ10(現会社法210)に規定する新株発行差止請求の制度は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって新株を発行することにより従来の株主が不利益を受けるおそれがある場合に、

 

右新株の発行を差し止めることによって、株主の利益の保護を図る趣旨で設けられたものであり、同法280条ノ3ノ2(現会社法201-3、201-4)は、新株発行差止請求の制度の実効性を担保するため、払込期日の2週間前に新株の発行に関する事項を公告し、又は株主に通知することを会社に義務付け、もって株主に新株発行差止めの仮処分命令を得る機会を与えていると解されるのであるから、

 

この仮処分命令に違反したことが新株発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうことになるからである。」

 

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