競争の苛烈さで知られる「美容業界」へ単身飛び込んだ、証券会社元ディーラー。経営する美容室は黒字続きで、なにもかもが順調に思われた。しかし、立ち上げ当初からの従業員の横領が発覚。涙ながらの謝罪に一度は見逃した筆者だったが、その優しさが更なる不正を招くことに。現場のスタッフがキャッシュを扱う構造から、美容業界とは切っても切れない「お金の問題」に直面した、筆者が下した決断とは…?

突きつけられた決定的証拠…涙ながらに語った言葉とは

10月。集めた情報を事務所の机の上にずらりと並べて国生さんはまっすぐ筆者の顔を見た。

 

「いろいろ細かく抜いてますね。店販商品を定価で売って割引価格との差額を抜いたり、お客様のメニューを書き換えて差額を抜いたり……。帳簿でも使途不明の薬剤の購入がかなり見つかっています。帳簿をみる限り、1年くらい前からずっとやってるみたいですね。総額400万円ぐらいになります。どうします?」

 

400万円……。これは佐山さんの場合とは違う。しかも2回目だ。筆者はもう決断するほかなかった。

 

「刑事告訴もやむなし、ですね」

 

筆者は弁護士さんに今後の進め方について相談した。まずは不正に取得した金額を返してもらうこと。そして辞めてもらうときにトラブルにならないようにするにはどうしたらいいか。

 

相手に了解をもらって会話を録音すること、返済については誓約書を書いてもらうこと、不正の証拠を一覧にしておくこと。集めた証拠――美容室検索サイトの予約画面と会計画面のスクリーンショットなど、を添付すること。

 

弁護士さんのアドバイスに従って資料を揃えて、筆者は田中さんを事務所に呼び出すため、彼に連絡した。

 

次の日。田中さんを事務所に呼び出して、筆者と国生さんはこちらで集めた不正の事実について説明した。田中さんは最初こそ否定していたけれど、集めた証拠を次々と示していくと、それらの書類を凝視してぽろぽろ涙を流し始めた。

 

「返します。いままで本当にすみませんでした、山下さんの信頼を裏切ることになってすみませんでした」

 

田中さんは号泣しながら、山下さんはあんなこともしてくれた、こんなふうにも言ってくれた……と、筆者との思い出を口にしつつ、謝罪し続けた。

 

田中さんのしたことは許されるレベルの話ではないが、筆者たちが同じ夢を追いかけていたのは本当のことだ。それなのにどうしてこんなことになったのだろう。悔しさと情けなさで筆者も涙を抑えることができなかった。

 

しかし後日、田中さんの弁護士から書類が郵送されてきた。そこには今後自分が代理人になって交渉する。一切田中さんとは連絡を取らないでもらいたい、と書かれていた。さらに、こちらが示した金額に対して田中さん側が証拠を認めて了解したのはその半額だった。

 

あまりの彼の態度の急変に筆者はただあぜんとした。その後何回かやり取りをして、埒(らち)が明かないようなら刑事告訴を考えると通告した。そうすると田中さんの弁護士は示談金を上乗せしてきたのでそれで手を打った。以来、田中さんからはなにも連絡がない。どうしているか、噂も聞こえてこない。

痛感させられた「信用」と「信頼」の明らかな違い

株で大やられしたときは、思いきりへこむ。そこまでひどい結果になる前に食い止められなかった自己嫌悪で、もうそんな取引のことは思い出したくもないのだが、それではまた同じ間違いを繰り返すだけだ。

 

再度同じ負け方をしないように負けの原因を一つひとつ潰して、自分のルールとしていかなければならない。

 

今回の田中さんとの決別は株の大やられ以上の大きな精神的ダメージだったが、これも同じこと。原因を見つけて改善しなければ同じことが起きる。

 

筆者は人と一緒になにかを作り上げる楽しさや喜びを求めてがむしゃらに働いてきた。みんなが楽しく働いて、幸せになれる仕組みを作ろう、と努力してきた。

 

なにをどこで間違ったのだろう。

 

「山下さんは優しい性格ですから。人を信頼しすぎるところがありますよね」

 

筆者が田中さんの件で落ち込んでいる様子を見て、国生さんが言った。

 

「僕は田中さんのことは信頼してました。全力で信頼してました……。あ、そうか! そこが間違ってたのかもしれないです」

 

筆者は、「信用と信頼」について調べ始めた。

 

信用はcredit。過去の実績に基づいて評価する言葉。

 

信頼はtrust。未来の行動について評価する言葉。

 

たとえば「君の実績や経歴はわからないが、君が見せる仕事に対する姿勢には信頼を置いている」という言葉がある。これはその人の過去を信用しているわけではないけれど、未来は信頼しているということだ。

 

筆者はこの信用と信頼をごちゃまぜにしていたのかもしれない。

 

人間は弱い。魔が差すという言葉があるが、信頼に応えたいと思っていても仕組みに隙があればそれを利用したくなる。不正に手を出してしまう人もいる。そんな人でも、もし仕組みに隙がなければ真面目に働いて、信用を積み重ねることができるだろう。

 

人を信頼するという言葉は聞こえがいい。でもそれは、その人の行動に関するすべての責任を個人に押しつけることになる。組織はそれでは成長しない。組織は、個人が信用を積み重ねられる仕組みをつくらなければならない。それによって個人は実績を積み重ね、信用を得る。そしてそんなスタッフが揃った組織全体も信用を得ることができる。それが信頼される組織だ。

 

大やられを乗り越えて、筆者は決意を新たにした。

 

スタッフが信用を積み重ねることができる仕組みをつくる。

 

信頼できるスタッフを育てる仕組みをつくる。

 

強い仕組みをつくって、もっとCIELは、OXY株式会社は成長するぞ!

 

 

山下 拓馬

OXY株式会社 代表取締役

 

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よそ者経営

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山下 拓馬

幻冬舎MC

大手上場企業の安定から飛び出し個人投資家へ転身。 未経験の美容業界でオープンした美容室CIELは、設立5年で全国30店舗を展開する急成長を遂げた。 その成功の歩みから未来への展望まで、すべてを語り尽くす――。 第1章…

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