世帯数5戸以上のアパートなら「商業用」不動産物件に
前回は、全米のアパートおよび住宅における資本市場、米国国債と賃貸アパート不動産に関わる還元利回りとの関係を説明しました。今回は、アパートおよび住宅市場における米金融機関による、融資基準・姿勢・状況について紹介します。
まずご承知頂きたい点として、米国の商習慣として定義・法律上、アパートで世帯数5戸以上のものをコマーシャル(商業用)不動産物件として扱い、住宅は区分所有も含め貸家1〜4戸までをレジデンシャル(住宅用)不動産物件として扱っています。
この区分は、すべての分野においてプレイヤーを二分しています。前者は玄人が扱うもの、後者は素人があつかうものとして、消費者保護の観点より、現在は仲介業者およびモーゲージ仲介業者は法律で厳しく規制しています。
下記図表1のグラフは、全米銀行における不動産向け与信残高として、2008年第2四半期を1として基準におき、2015年第4四半期までにどのような種類の与信が増減したかを示しています。
[図表1]全米銀行における不動産の種類別与信残高の増減
特筆すべき点は、アパート等のコマーシャル不動産向け融資が、2015年末には2008年第2四半期残高の1.6倍となり、大きく残高を伸ばしていることです。
一方、いわゆる住宅ローンに代表されるレジデンシャル不動産向け融資は、ホームエクイティローンおよびコマーシャル不動産向け建設開発融資とともに、2008年第2四半期残高を回復していない状況です(ちなみに筆者は、1993〜2000年旧東銀傘下の加州ユニオン銀行、および旧東銀ロス支店で、コマーシャル不動産向け建設開発融資引受の業務に携わっていました)。
中古住宅市況が未だリーマン危機前ピークを越えていない理由は、このあたりにあることは前回説明しました。
下記図表2のグラフは、過去15年間におけるアパート等のコマーシャル不動産向け融資における資金出し手の内訳です。
[図表2]商業用不動産向け融資の貸し手の内訳
リーマン危機前は、民間銀行および証券化ローンの残高が増加傾向にありましたが、リーマン危機直後から数年前まで、ファニーメイおよびフレディマック等の政府系金融機関が証券化ローンの肩代わりの役割を演じ、この数年は民間銀行が政府系金融機関に代わって、リーマン危機直前までのシェアを回復しつつあることがわかります。
「債務者資力」に力点が置かれる住宅ローンの審査
さて、皆さまのご関心は、米国にある不動産を担保に融資を受けることができるか、その場合どのような条件になるかということかと思います。テロ対策のためか、9・11以降、米国における外国人との資金のやり取りは、非常に厳しく規制されることになりました。
とはいっても、非居住者向け融資プログラム(NRA)が皆無かというわけではなく、カリフォルニア州においては一部の邦銀(コマーシャル融資のみ)、華僑系米銀、SF地場米銀(以上2行は、住宅ローンおよびコマーシャル融資とも)、欧州系メガバンク(住宅ローンのみ)等が対応しています。
邦銀以外は英語でのやり取り、過去3年分の税務申告書類提出(英文)などの前提条件がありますが、アパート等のコマーシャル不動産向け融資には、積極的な姿勢が見受けられます。
大まかな条件は詳細にばらつきがありますが、アパート等のコマーシャル不動産向け融資では、現時点で担保掛目(LTV)50〜60%、金利4〜5%(当初固定あるいは変動金利)、約弁30年、ローン期間10〜30年、ローン手数料0.5〜1.0%といったところでしょうか。
コマーシャル不動産向け融資は、債務者資力というよりも物件から生まれるキャッシュフローの安定性、多寡等が審査の中心となる一方、住宅ローン審査では、債務者資力に力点が置かれます(一部の銀行では債務者資力の証として、過去数カ月の預金残高推移を提示することで事足りる場合もあります)。
また、住宅ローンは引受後すぐに政府系金融機関に転売されることが多いため、政府系金融機関のクライテリアにマッチしているかどうかがポイントとなります。マッチしていない場合、ポートフォリオローンで金融機関が最後まで保有し続けることになります。
カリフォルニア州における住宅ローンおよびコマーシャル融資は、カリフォルニア州内で契約が完結する限りにおいて、いわゆるノンリコース融資をうけることができます。
デフォルトにより自己資金をあきらめ、不動産担保物件を貸し手に引き渡し立ち退きをしてしまえば、貸し手から不足金を請求されることはありません。
不動産担保がカリフォルニア州法で処理されることから、裁判所を通さない競売による回収手段が一般的に認められております。ハワイ州、東海岸州とは違い、オレゴン州、ワシントン州などの西海岸各州では同様な担保処分方法となっております。
一般的には、回収率が東海岸州と比較すると下がる傾向にあると言われていますが、裁判をすることなく短期間で競売による回収が可能となっており、裁判費用、これに関わる管理コストを考えると、むしろ貸し手にとっても効率的と言えましょう。
米国西部では、ゴールドラッシュ等フロンティア精神の痕跡がこんなところに垣間見えます。
コマーシャル融資引受に関わる大変重要な指標があります。それは「デットサービス・カバレッジレシオ(DSCR)」です。銀行による鑑定額と融資額との比率よりも、むしろこちらが重要視される傾向にあります。
考え方は、不動産から生み出されるキャッシュフローと約定の返済額(現行金利かある想定の金利水準に支払額+元本返済額)との比率です。各金融機関によって違いますが、大体1.25〜1.40倍が基準になっているようです。
債務者にとってメリットの多い「ノンリコース融資」
米国における非居住者は遠隔地にいるということもあり、通常のLTV(70%前後)より、やや厚めの自己資金を求められる傾向となっております。
実例をあげましょう。物件価格が250万米ドル(ネット利回り4%)、NOI(物件から上がるキャッシュフロー、家賃から経費を引いたもの)が10万米ドルとしましょう。
この場合、ある金融機関の提示条件として、DSCR1.25x・30年約弁・5年固定で4.75%(5年目以降は変動金利)とした場合、年間デットサービス(30年元利均等払いの年額)が8万米ドル(=100,000/1.25x)となり、融資元本は126万5000米ドル(端数切捨)と計算されます。
LTV(担保掛け目)がもし仮に50%が上限とされた場合、融資元本は125万米ドルとなるわけです。この場合、DSCRは1.26xとなり、金融機関のクライテリアを満たすことになるわけです。
債務者からすれば、ノンリコース融資を受けることによってリスク分散を図ることができる上に、もし物件全体の利回りが融資金利以上であるようなサブマーケットでは、自己資金に関わる利回りが、レバレッジ効果によりアップすることになります。
2015年11月刊行『ハウス・オブ・デット』(アティフ・ミアン/アミール・サフィ著、東洋経済新報社)によれば、2000年代後半に起こったサブプライム危機に関する面白い調査報告があります。
現金で購入する傾向が強い富裕層が買う、価格帯の高い住宅とは対照的に、貸してはいけない信用力の低いサブプライム層に、資本市場から大量にお金が流れ込んだため、景気後退による価格下落が容易く自己資金を失う事態(水面下)となり、不払いとなった住宅ローン担保実行により、低い価格帯の住宅価格の更なる下落へ拍車をかけることになったということです。
所得水準の低い地域では住宅ローンが水面下にあり、住宅価格が低迷し、なかなか浮上してこない要因を作ってしまったようです。
つまり、所得水準が低い層は所得の伸びがあまりないにもかかわらず、ローン債務負担増が顕著で、債務負担の少ない家計を巻き込み、不動産価格の低迷を招くことになったということです。
最後に、2015年刊行『Zillow Talk』(Spencer Rascoff著、Grand Central Publishing社)で指摘のあった、サブプライムショック発生の震源地であった砂漠3都市(リバーサイド(LA郊外)、フェニックス(アリゾナ州)、ラスベガス(ネバダ州)について、過去から現時点までの価格推移を、前回掲載したサンフランシスコのものと比較してみましょう。
[図表3]リバーサイドの物件価格推移
[図表4]フェニックスの物件価格推移
[図表5]ラスベガスの物件価格推移
[図表6]サンフランシスコの物件価格推移
次回は、住居系REITの観点からサンフランシスコ・ベイエリアを見ていきます。