「医者は話を聞かない奴ばかりだと…」がん患者が語った本音【医師の実録】

本記事では麻酔科医から在宅医へと転身した矢野博文氏の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』より一部を抜粋・編集し、「最期までわが家で過ごしたい」という患者の願いを叶えるために、医師や家族ができることは何か解説していきます。

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「医者は人の話を聞かない奴ばかりだと思っていた」

私が初めてAさんの診療に伺ったとき、Aさんの部屋はガンガンにエアコンがきいて、寒々としていました。その二階の小さな部屋で、寝ぐせのように、頭のてっぺんの髪がピンと立った、独特のヘアスタイルのAさんが私たちを迎えてくれました。

 

エアコンの送風口には、自作の魚の絵を切り抜いた薄い紙が貼られ、エアコンの風でパタパタと魚の絵が泳いでいました。最初の訪問時からこの魚が気になっていたのですが、Aさんの口から次々に出てくる話に圧倒され、質問する機会を失ってしまいました。

 

このように私たちは、最初の訪問時からAさんに主導権を握られた形になってしまったのですが、意外にもこのことがAさんと私たちを結び付けてくれました。Aさんはうれしそうにこう語ってくれました。

 

「今までかかわってきた医者は人の話を聞かない奴ばかりだった。けれどあなた方は楽しそうに私の話を聞いてくれる……」

 

確かに殺人的な数の患者さんが押し寄せる病院では、Aさんの長い話を拝聴するのは難しかろうことは容易に想像できました。けれども腰を据えて聞いてみると、Aさんの話はほんとうに面白く、時間が経つのを忘れてしまいます。

 

総理大臣への批判から始まる政治の話が出たかと思うと、今度はいつも飲んでいる鶏がらスープの話が飛び出し、放っておくといつまでもしゃべっています。しかもこれらの話には、その背後にAさんらしい価値観や思想がキラリと光っていました。

 

そのうえ茶目っ気も忘れていません。その日の話の落ちは、部屋の電灯のスイッチに結ばれたヒモでした。Aさんはこのヒモを指さし、自慢げにこれは自分の発明だ……と言い、にっこり笑ってこう言うのです。「それはヒモコン!!」と。

「鯉を捕まえて食べる」といった人にショックを受け…

「あの魚は何ですか?」。何回目かの訪問時に、やっとエアコンの魚の絵のことを尋ねることができました。「ああ、あれは鯉だ」とAさん。近所の小さな水路に、何匹かの鯉がいるのだと……。

 

「こんな狭い場所でよくぞがんばって生きているな……」とAさんは感心して、誰にもその場所が見つからないようにと祈りながら、そっと見守っていたそうです。

 

しかしある日、その場所は人に知られてしまいました。そしてその鯉を見つけた人は、「鯉を捕まえて食べる」と言ったそうです。これほど慎ましやかに懸命に生きている魚たちを食べてしまうなどと……。何と了見の狭いことか。何と懐の狭いことか。

 

昔の日本人はこんなじゃなかった。いつから日本人はこんな人種に堕落してしまったのか……。Aさんは大いに嘆きました。怒りました。

 

しかし結局、魚たちがどうなったかは語りませんでした。あのエアコンの魚の絵は、鯉たちに対するAさんの鎮魂旗だったのかもしれません。

 

私は、Aさんがどんな人間なのか少しわかったような気がしました。そして、ますますAさんの話が聞きたいと思いました。

 

たんぽぽクリニック 医師

1957年7月徳島市生まれ。1982年川崎医科大学を卒業。以後病院で麻酔科医として勤務。

2005年3月よりたんぽぽクリニックで在宅医療に取り組む。休日は釣りなどをして海で過ごすことが多い。

著者紹介

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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