コロナ禍において、トヨタの生産現場以外の職場では、在宅勤務を増やすなど多くの施策が行われた。新型コロナ危機以前の勤務体制は、トヨタに限らず、小さな子どもがいるママワーカーの負担が大きいものであった。在宅勤務は「生活の質」を向上させるものであるが、現状ではオフィス勤務の方が生産性が高いという意見が多くみられる。在宅勤務の生産性を上げるにはどうすればいいのか。※本連載は、野地 秩嘉氏著『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

時間のかかったインターネットの「通信環境」の整備

トヨタでは当初、事技系の在宅勤務は思うように進まなかった。それは通信環境の整備が遅れたこと、会議アプリの使い方に慣れていなかったことからきたものだった。

 

同社では社員数に見合った台数のパソコンがあればそれで済むわけではなかった。派遣されて常駐している人たちにもパソコンと社内情報にアクセスする権利を与えていたから、およそ5万人分のパソコンと情報に接する権利を一度に調達しなければならなかったのである。

 

一方、新型コロナ危機の前まで、同社が所有していた情報アクセス権付きパソコンは5000台に過ぎなかった。ほとんどは出張者が使うものだったのである。

 

在宅勤務へシフトするとなると、とたんにそれを5万人分に増やさなくてはならない。

 

しかし、それだけのパソコンやアクセス権を買うことはコスト、設置までの時間を考えると不可能だ。そのため自宅にパソコンを持っている人にはVPN(仮想プライベートネットワーク)に接続する設備、セキュリティの認証権を用意することにしたのである。

 

VPNとはインターネット上の拠点間を仮想的な専用線でつなぐ通信技術のことで、日本では多くの企業が使っている。イギリスの情報サイト「TOP 10 VPN」によれば世界のネットユーザーのうち、3割はVPNを利用するとされるほど、ポピュラーなものだ。ただし、不正接続のターゲットともなるので、万全なセキュリティ対策が必要となる。

 

そして、トヨタが何万人分もの認証権を入手するには時間が必要だった。

 

新型コロナ危機の当初、情報システム本部長の北明健一は設備と機器の増強にかかりきりだった。

 

「VPN接続の認証権は数千の単位までならすぐに入手できたのですが、5万となるとシステム会社もサーバーを増強したり、さまざまな用意が必要になります。全員に行き渡るまでに2ヵ月弱かかり、会社のみなさんには迷惑をかけました。

 

それまで社外から社内システムに接続する人数は認証を持っているうちのせいぜい1000人程度だったのが、たちまち5万人に接続させなくてはならないのが今回のオペレーションでした。

 

日本中が、サーバーが欲しい、ネットワークの線が欲しい、セキュリティで保証された認証が欲しいという状態でしたから、こちらも少しずつ調達して、少しずつ在宅の比率を増やしていったわけです。すべての準備が整ったのは5月の連休明けでした」

 

北明はパソコンの調達も担当した。

 

「持ち運びできるパソコンを買いました。情報システム部がまとめて購入したものです。そこにVPNの認証をつけて、セキュリティをしっかりと管理しています。

 

同時に社内ネットワークも増強しました。容量を増やして、かつ、サーバーも増やしていって…。これも増強が一段落したのが5月の連休明けでした」

 

こうしてパソコンとVPNは整備した。しかし、それで終わりとはならない。次の課題は各従業員の自宅の通信環境を整えることだ。

 

パソコンは従業員の個室にあるのか?

 

それとも学校に行って留守にしている子ども部屋で執務するのか?

 

はたまた食卓で仕事するのか、それとも台所の片隅なのか?

 

在宅勤務の生産性向上に大きくかかわってくる通信環境とは、通信そのものと仕事をする環境のふたつであり、前者は改善できる。しかし、後者はなかなか改善できない。それでも、後者の占める位置は大きい。

 

高速、大容量、低遅延の通信設備であっても、頭上に洗濯物が干してあっては生産性の向上は望めないからだ。基本的には環境を快適にするしかない。

 

 

 

野地秩嘉
ノンフィクション作家

 

 

 

トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力

トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力

野地 秩嘉

プレジデント社

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