ある日突然、老親が緊急搬送で入院という事態が起こります。介護は毎日のことなので、使命感だけでは長続きはしません。10年以上、仕事をしながら父母の遠距離介護を続けてきた在宅介護のエキスパートは、「介護する人が幸せでなければ、介護される人も幸せにはならない」と訴えます。入院や介護に備え、知っておきたい制度やお金の話から、役立つ情報、具体的なケア方法までを明らかにします。本連載は渋澤和世著『親が倒れたら、まず読む本 入院・介護・認知症…』(プレジデント社)から抜粋し、再編集したものです。

かかりつけ医の忠告で遠距離介護を止めた

デイサービスに行っていた頃、母には被害妄想があった気もする。鍵を保管しておく場所を決めておいたが朝になると、その場所にないことが続いた。その都度、探すことになるため、デイサービス事業所から鍵を預けてほしいと催促された。ホームヘルパーも家に入るようになり、認知症だからこそ、知らない人が家に入ってきて何か自分のテリトリーを侵食していると感じたのかもしれない。夜になると大切なものを隠すのも正当防衛だったのかもしれない。

 

配食サービスは、ケアマネージャーからの紹介で夕食だけ週3回から始めた。栄養も考えられ食べやすい柔らかさにもしてある。だが、動かないからお腹もすかず、食も細くなり白飯に手を付けず冷蔵庫に保管されることが増えてきた。昔の家庭なので認知症とはいえ母が食事を準備するが、お弁当なのに中身をお皿にわざわざ移して出すのだ。

 

ある日、業者から苦情の電話があった。返却の容器に穴が開いていた、容器のまま火にかけたのではないかという。だけど、容器代はもらっていないというものだ。火にかける? 最初は疑心暗鬼だったが、知人の親がヤカンと間違え魔法瓶を火にかけていたという話を聞いた。他の家庭でも同じような事件は起こっているのだ。

 

配食業者は、初めの頃は好印象だったが、この事件をきっかけに声が3トーン低くなった。迷惑な客だと思っているのだろう。解約の際、請求書とともに“お代金が振り込まれておりません”と大きな字で書かれたものがFAXで送られてきた。確実に振り込んである。証拠としてATM振込用紙に大きく丸をつけ、FAXを送り返した。私は、誰にもこのお金しか興味がないような配食業者を紹介する気にはならなかった。

 

逆に最後まで感じが良かったのは新聞店だ。ずっとお付き合いをさせてもらっていた。ここには最終月の支払いの電話をしたら、ご主人から、これまで長い間ありがとうございました。最後のお代金はいただけませんと丁寧にお礼を言われた。無料にしてくれたからではなく、気持ちよく幕引きができたことが、なぜか嬉しかった。

 

真夏に実家を訪ねたとき、雨戸を閉め切り、冬物のパジャマを着せられ厚手の布団をかけて寝かされている父の横に、平然と母が座っていた。父は体力がなくなり、言葉も思うように話せなくなっていた上、暑さや寒さの感覚もなくなってきていたようだ。

 

認知症の母にされるがまま生活をしていた。このままではいつか熱中症や脱水症状を起こしかねないが、どちらも悪気なく大真面目なのだ。これは、父が熱を出し、川崎に連れ帰る日の出来事だ。私はかかりつけ医からの忠告もあり、静岡での両親だけの在宅生活を終わらせる決断をした。

 

実家から引き揚げることになった際、多くの品物を廃棄した。今思うと高く売れるものもあったかもしれないが、この時は余裕がなく早く片付けたくて仕方がなかった。この頃、実家の地域の清掃局は持ち込み廃棄が許可されていた。持ち込み指定日に何回も車で往復し、雑貨や洋服、ほとんどのものを捨ててしまった。ただ、仏壇、写真、ペルシャ絨毯だけは両親の思い出がつまっているので、今の川崎の家で現在も愛用している。母がこの部屋で安心して暮らせている理由のひとつかもれない。

 

渋澤 和世
在宅介護エキスパート協会 代表

 

 

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