所在不明の母親の名前が、墓石に刻まれているのを発見
しかしその後、いよいよ母親がひとりで生活できなくなると、姉たちは母親を老人ホームに入所させるといって、いつの間にかどこかへと連れ出してしまいました。太田さんは母親の居場所を何度も尋ねましたが、姉2人は頑として口を割らず、教えてもらうことはできませんでした。太田さんも自力で手を尽くし、あちこち心当たりを探しましたが、残念ながらわからずじまいで、不本意ではありますが、そのまま年数経過することになりました。
そして、つい最近のことです。太田さんが叔父の法事のためにお寺に出向くと、父親の隣に新しく彫り込まれた戒名がありました。太田さんが姉たちに詰め寄ると、母親は亡くなったといい捨てられました。日付を見ると、亡くなったのは去年の夏のようでした。
「父の墓石に、母親の戒名が彫り込まれているのを見たときの衝撃と怒りは、言葉でいい表すことができません。これまで、なにを聞いても〈あんたが心配することじゃない〉〈お母さんは元気なんだから〉としか、いわれてこなかったのですから…」
その後、太田さんが不動産の登記簿を取得すると、自宅は母親の生前に売却されており、貸店舗は姉2人に贈与されていました。亡くなったことを知らせてこないばかりか、財産も移転されていたのでした。太田さんは権利までも侵害されたことを知り、愕然としました。
そこで、どこか相談できる先はないかとあちこち探し、筆者の事務所を訪れたのでした。
遺留分の請求はできるが、「争わない」ことを選択
法的には生前の贈与も相続財産として算定されます。また、今回の太田さんの母親の相続にはそもそも明確な遺留分の侵害があるため、姉たちに請求することは可能です。しかし、太田さんが父親から相続した財産を含めて考えると、それなりの財産をもらっており、姉たちが遺留分の請求にすんなり応じるとは思えませんでした。
また、母親の居場所はおろか、亡くなったことを実の弟に知らせないというのも、通常ではありえない状況です。筆者は、背景にある感情的なもつれを考えると、双方の気持ちを解きほぐして以前の関係に戻すのは至難の業だと考えました。そのため、理不尽ながら、事実確認ができたことで割り切ってしまうことも選択肢だとお勧めしました。
「母親が大変なときに仕事にかまけ、姉たちに任せきりにしてしまったことは悪かったと思っています。私にもいいたいことはあるのですが、母が亡くなったいま、それを蒸し返してもどうにもなりませんし…。今回の件で、母親の財産がどうなったのかもわかりましたし、私は父の相続時にすでに土地をもらっています。生活に困っているわけでもありませんから、こちらから働きかけることはやめ、静観しようと思います」
太田さんは筆者からの提案に納得し、姉たちへの不動産贈与の事実が判明したことで気持ちが落ち着いたと語り、自分からは動かないことを決めました。いまから親族間の諍いを引き起こすようなことをしても、双方が傷つくばかりでいいことはないでしょう。それよりはむしろ、前向きに自身のこれからの相続対策に取り組むよう、切り替えていくと話してくれました。
なお、平成30年の改正民法により、遺留分についての規定が変更されました。それ以前は、贈与された財産は遺留分として算定されてきましたが、改正後は、相続開始前の10年間に行われた贈与だけが遺留分として算定されることが定められました。今後、贈与をいち早くすませて10年経過すれば、相続対象から除外できるため、相続対策の選択肢として活用することも可能になります。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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