(※画像はイメージです/PIXTA)

ポストモダニズムの思想が経済体制として結実したのが、今のネオリベラリズム(新自由主義)であり、この社会的現実などなにもないのだというポストモダニズム的な思考を、政治の世界に持ち込んだのが、アメリカのドナルド・トランプ前大統領だと堀内勉氏は語ります。※本連載は、堀内 勉氏の著書『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)より一部を抜粋・再編集したものです。

万人に共通の普遍的な真理や規範は存在しない

実存主義にせよ、構造主義にせよ、ポストモダニズムにせよ、その根底にあるのは、社会構造というのは人々が共同行為によって作り上げている夢のようなものであり、そこには当初から意味を持った現実などなにも存在しないという理解です。ポストモダニズムの特徴は「大きな物語」、つまり道徳的な善悪や法的な正義に関する万人に共通の普遍的な真理や規範は存在せず、もはや小さな集団の多種多様な意見があるだけだというものです。

 

こうした前提に基づいて、人々は1960年代から1980年代にかけて、第二次世界大戦やベトナム戦争のような社会を抑圧する大惨事から逃れ、皆が自由になるために社会をどのように変えられるだろうかと構想しました。そして、こうしたポストモダニズムの思想が経済体制として結実したのが、今のネオリベラリズム(新自由主義)であり、さらに、この社会的現実などなにもないのだというポストモダニズム的な思考を、政治の世界に持ち込んだのが、アメリカのドナルド・トランプ前大統領なのです。

 

全ての事物には変化しない核心部分としての本質が存在するという本質主義の考え方は、人類の歴史における中核的な思想であり続けてきました。しかし、ポストモダニズム以後、「あらゆるものは幻想である」という相対主義的傾向が強まり、同時に、それに対する批判も繰り返し行われてきました。

 

こうした半世紀にもわたる哲学上の対立の図式から抜け出す第三の道を開き、構造主義やポスト構造主義を克服する哲学として現れてきたのが、思考から独立した存在を考える新実在論(newrealism)です。

 

現在、新実在論の中心にいるのが、フランスのクァンタン・メイヤスーです。メイヤスーは、ポストモダニズムにおいて頂点に達した「言語論的転回」という発想は、カントの「認識論的転回」から始まっており、さらにこれはデカルトにまでさかのぼるものだと考えます。つまり、近代哲学はカントにせよヴィトゲンシュタインにせよ、全て実在に対する人間の優位という立場から価値の相対性を説く相関主義(correlationism)に他ならないと考えます。

 

メイヤスーはこうした相関主義を乗り越え、人間の思考から独立した数学や科学によって理解できる存在を考えるために、科学的に考察可能な人類出現以前の「祖先以前性」や、人類消滅以後の「可能な出来事」をも想定します。

 

同時に、ドイツの新実在論の中心にいるのが、現代思想界の若き天才といわれるマルクス・ガブリエルです。ガブリエルによれば、物事の実在はそもそも特定の「意味の場」と切り離すことはできず、「世界は、見る人のいない世界だけでもなければ、見る人の世界だけでもない」として、物理的な対象だけでなく、それに関する「思想」「心」「感情」「信念」、さらには一角獣のような「空想」さえも存在するとしています。

 

ガブリエルが構想する「新実在論」は、科学的な世界だけでなく、心(精神)の固有の働きをも肯定します。つまり、科学の有用性は十分に認めながらも、現代社会で広く支持されている、自然科学こそが唯一実在にアクセス可能だとする科学至上主義を否定しています。

 

見方はさまざまだという相対主義だけであれば、認識論(epistemology)の内側にとどまりますが、ガブリエルは存在論(ontology)にまで相対化を徹底して、「存在する」ということを「意味の場に現象する」ことと広く捉えています。そうした意味で、これは新しい実在論の形ということができます。これが、今、哲学の最前線で議論されていることなのです。
 

 

堀内 勉

多摩大学社会的投資研究所 教授・副所長

 

 

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